第72話

文字数 2,002文字

 数十分後……。
 段々とだが黒い霧と私の距離が近づいてきた。
 私の脇のVの字型になっている蒼穹の戦士たちは、ゆっくりと黒い霧を霧散しながら前進しているのだが……。
 私一人。どうしても、覚醒した力だけでは押し切られてしまいそうになってきた。
「デュオ! 何とかしてくれ!」
 私は敵味方入り混じり、只でさえ薄暗い夜なのに黒い霧たちで真っ黒になっている。そんな戦地で私は叫んだ。
 その声は周りの金属のぶつかる音や怒号で掻き消える。しかし、どうしようもない。私が駄目になったら、全滅だ。それだけ数が多い。
 辺りは闇。私は正面にある黒い霧を何百体も霧散する。体をだるくする疲れが生じてきた。額に浮かんだ汗をそのままに、ひたすら片手を上げ続ける。
 腕が痺れてきた。そして、覚醒した力も何やら弱くなってきてしまった。
「デュオ……」
 私は力尽きそうになる。黒い霧が500メートルくらいに迫った。
 その時。
 地面が大口を開けた。無数の槍が飛び出す大きい板が跳ね上がり、超重量の数十の投石機が幾つも石を放る。それらが地中から現れた。私の正面の何百体もの黒い霧が瞬時に霧散した。
 私はそれを確認した後、デュオに心の中で感謝した。そして、意を決して、剣を構えて走り出した。

 一体目を振り上げた剣で、頭蓋骨を割り、二体目を横薙ぎに、三体目はギザギザの鉈を私の肩へと降り下ろしたので、痛かったが突きで胸を刺した。盾が使えなくなるほどボロボロになったので、その手は黒い霧の方へと突きだす。黒い霧が血飛沫を出し破裂する。
 大地を踏む音はまるで地震のようだった。所々からの怒声で耳が聞こえない。肩の痛みは最初だけだった。今では痛みが無い。
 一瞬のうちに私たちは……自分を見失った。これが戦なのか。世界を救えるという英雄的な気分に浸っていた私は、そんな自分を自分自身で笑わざるを得なかった。
 気が付くと、黒い霧も疎らになっていた。地面にはただの肉塊になった蒼穹の戦士や西と東と北の村の戦士の死骸が幾つも築かれ、広大な血の海には刃の欠けた武器が散乱している。
 遠くにデュオがいた。
 私は黒い霧を曲がってしまった剣で薙ぎながら、デュオの方へと向かう。
 デュオは血を流しながら懸命に戦っていた。やはり、黒い霧は無人蔵に現れるようだ。
 ジュドルやバリエ、角田、渡部の姿は見えない。
 不思議と幾人かの蒼穹の戦士や私とデュオは無事だった。
 私はふと、頭に霞がかったような錯覚に襲われた。急に眠くなりだしたのだ。
 意識を何とか保つために剣で足を刺す。
 けれども、どうしても眠気がきつい。
「お前はもう終わりだ!」
 私の頭にカルダの声が響く。
 目を開けることも困難になりだし、私は地面に上半身から倒れた……。

 中村と上村は、駐車上で待機していた。私はそこまで走る。もう作業開始の時間が迫っていた。谷川さんの姿がふるい工場から見える。
 私は全速力で駐車場へと走った。
「赤羽くん。遅刻って訳じゃないよ」
 谷川さんの笑顔がここでも鮮明に見えた。
「赤羽さん」
 ……呉林の声が聞こえる。どんよりとした頭で、仕事中だとぼやく。これから、ペットボトルの選別を単調だが、やらなければいけない。
「赤羽さん。お願い起きて。みんなが……」
 そういえば、呉林 真理って誰だっけ。私には女性で知り合いなのは同級生くらいだぞ。
「赤羽さん」
「赤羽くん」
 知らない人の声。若い声と中年の声。
「わしの言った通りになってしまった」
 また、知らない……老人の声がする。
「ご主人様」
「赤羽さん」
 女性の声だ。若い声と大人の声。
「赤羽さん……。あなたは七番目の者よ! お願い起きて! 立ち上がって!」
 
「はっ!?」
 私は目を覚ました。両手両足や腹からは何かの刃物で傷つけられた血液が滲み出ていた。目の前には短剣を持つカルダがいた。そして、槍を持つ青年、ルゥーダーがいる。どうやら、ここは森の奥の暗い洞窟の中のようだ。その奥の闇には驚くほど大きい樹木があった。剥き出しの所々に生え渡る幾本もの根の中には、巨大な自らの尾を噛む大蛇が目を瞑っていた。
 その大蛇からは不気味な息吹を感じる。
「これがウロボロスの大樹」
 私は木製の台に拘束されているみたいだ。十字架のように……血みどろの両手、両足に木の根が張り巡らされている。
「違う! この木はウロボロスの世界樹と遥か昔に呼ばれていたものだ。そして、お前のような覚醒者を生贄にすることによって、この蛇は完全に目覚める」
 槍を構えたルゥーダーが厳かに言った。
「さあ、殺すんだ! ウロボロスは目覚め自らの尾を全て貪り、その頭をわしが殺す!永遠といわれた現実の神がこの世から消え去り、この世界が……永遠の虚ろなる世界が……わしのものとなるのだ!」
 カルダは声高らかに呪いの言葉を淡々と話しているが、とても精神が高揚している感がある。
 ルゥーダーが槍を私に突き刺した。
 
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