第15話

文字数 1,460文字

 部屋には、左側には砂嵐を映したテレビと看守用だろうか丸椅子があり、右側には3つの鉄格子の牢屋がある。一番奥に歌を歌っている寝間着姿の青年が入っていた。そして、真中の牢屋にはこれも同じく寝間着姿の中年男性がいた。手前の牢屋は空っぽだった。
「どうしたんですか。大丈夫ですか?」
 歌うのを止めた青年に、呉林が声をかけていた。
「あなたたちは? 僕は何か悪いことでもしたんですか。寝た時までは覚えているんですが」
 青年は努めて落ち着いているような口調だったが、だいぶ混乱しているはずだ。若者らしい薄い青い色の上下の寝巻き姿だ。
 それに、看守用のジャンパーを着ている私を当然、看守と間違えているようだった。
「君達、俺は夜からの記憶がないんだ。俺は何かしちまったのか?」
中年の男は真剣な眼差しで、私の方を見つめる。その顔は現実的な衝撃を思わす緊張と不安で青冷めていた。オーソドックスな黒の上下の寝巻き姿だ。
「大丈夫です。ここは特別なところですが、私たちが何とかするのでご安心ください」
 呉林が珍しく敬語を使う。呪い師の不思議な雰囲気はこの時、効果を発した。誰でも安心しそうな説得力があるのだ。
「特別! 特別って何だ!」
 中年の男が鉄格子を掴んで、呉林に噛みつくように吠える。
「夢の世界のようなものよ! 信じる信じないは別だけど!」
 呉林は敬語を突然やめて、地をだし強く説得した。普段と違うのは呪い師の雰囲気を纏ったところだ。
「夢の世界って、本当なんですか?」
 青年は少々驚いた顔をしているが、呉林の言葉に半信半疑だ。
「夢。そんな話は聞いてない! 何でここに俺は入れられたんだ!」
 ビジネスマン風の中年の男はまったく信じていないようだ。無理もない。私も未だに信じてはいない。いや、信じたくはない。けれど、現実ならば受け入れないとどうにもならないこともある。
「落ち着いて聞いて、きっとここから出られるわ。だから私の言うことを信じて。それに、もしここが現実の刑務所なら、私たちが入って来られる事自体可笑しいことでしょ? それに看守どころか誰もいない。そうでしょ。あ、それに赤羽さんは看守じゃいわよ」
 敬語をやめた呉林は真摯に呪い師の雰囲気のままで説得をし続け、何とかこの不可思議な世界を理解してもらおうとした。私は心拍数が気になる心臓をしながら、呉林の奇抜な説得力に脱帽していた。
 しばらく中年の男は力いっぱい鉄格子を掴んでいたが、急に力を抜いて溜め息を吐いた。
「ここが何所だっていい、ここから出られればそれでいい。あんたの言う通りにするよ。俺には仕事がある」
「僕は出来るだけ信じます。早くここから出たいので」
 青年の方は急に青い顔になる。ここが不可解で非現実的な場所なのではないかと考えだしたようだ。
私はジャンパーのポケットにある鍵束を出して、全部の鍵を青年の牢屋に差し込んだ。
鍵穴は新品のようで、キラキラ光っていた。けれど、どれも違う。中年男性の牢屋にも試
したが開かなかった。ふと、呉林と目を合せる。
「問題は鍵ね」
 呉林は私の意図を汲み取ってくれた。
「鍵を探してくれませんか。お願いです。どこにあるのか解りませんが」
 青い顔の青年はここから早く出たいといった顔をしている。
「鍵を探してくれ。頼む……」
 中年男性もそうだった。
 無理もない。こんな訳の解らない場所の牢屋になんか入っているなんて、想像出来ないほど不安なはずだ。
 私は同情したい気持ちがあるが、この刑務所を調べなければならないという恐怖は到底、隠すことができないものだった。

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