第7話

文字数 1,690文字

 目の前の手摺りを掴んでいる人たちは、服や手足、そして頭部はよく見えるのだが、顔の鼻の上、つまり目の位置だけが日陰になっているかのように暗くて見えなくなっている。
「なんか暗いよね」
 と隣の人が呟いて辺りを見回す。
 左側の大学生らしい人は、ピンクのワイシャツと緑色のスカートの服装で、黒い髪はツインテールをしている。均整のとれた顔、クリクリした眼の可愛らしい小柄な女性だった。
「それと、気持ち悪いよね……」 
 その小柄の隣に座っているほっそりが言った。青いノースリーブと黒のジーンズ。そして、スラリとした体、茶色い髪のソフトソバージュ。切れ長の目の凄い美人である。
 私は右側に目を向ける。背広の男性は、やはり目のところが暗い。 
 突然、悲鳴が車内に響き渡る。小柄の女性だ。小柄の女性が周囲の人々の目の辺りの暗さを不気味がったようだ。
「何これー! 怖い!」
 小柄の女性が泣き叫んだ。ツインテールを振り乱し、
「何なのこれ! 周りの人たちは何も反応しないし動いていない! なんで、みんな目元だけが暗いの!」
 私の胸にも何とも言えない恐怖が、ざわざわと膨れ上がってくるのを感じた。けれど、勇気を持って辺りを見回す。目の辺りが暗い人々は何も反応をせず、それどころか身動き一つしていなかった。
「大丈夫。恵……」 
スラリとした女性の方は、青い顔で恵と呼んだ小柄の女性の頭を撫でる。彼女も手が震えている。
「何だ!」
私はこの異変で、すっかり混乱し立ち上がろうとした。
「待って、動かないで!」
 スラリとした方の女性が、以外にもしっかりした声で叫んだ。
 私の頭の中は得も言われぬ不安で一杯になりそうだったが、その一言で何とか意志の力で抑え込むことに成功し、元通りに座席に座った。
「これって、何なんだ!」
 混乱から私は叫んでいた。
「解らないわ! けれど、今は動かない方がいいわ!」
「どうして!?」
 私は得体のしれない寒さからくる震えを極力抑え、自然に力がこもった目でスラリとした方を睨んだ。
「睨まないで! 落ち着いて! 私には感じるの。今、動いたら駄目だと……」
 落ち着いた声色で、スラリとした女性が青い顔ながら言った。
 今度は訝しい気持ちが胸に膨らむ。
「私は、呉林 真理。あなたは」
「赤羽 晶」
 私は訝しい気持ちを声にだした。
「私、(まじな)いをやっているの。大学生よ。何か話していましょう。怖さが薄くなるわ」
「俺はフリーターだ」
 私は努めて平静な声にして話した。
「この子は、安浦 恵。同じ大学の友達なの」 
呉林の声は少し震えてはいるが、安浦といわれた子を宥めながら代わりに紹介してくれた。
「どうしてこうなったんだ?」
 私は少し詰問気味に言ってしまう。
「解らないわ。でも、動くと良くないっていうのは解るの。いや、感じるの。とても……。私にはインスピレーションのようなものがあるの」
 呉林は泣きべそをかいている友人の頭を撫でながら、正面の手摺りにつかまっている人々を見つめる。それは、どこか遠い別のところを見ている目だ。
 私は訝しんでいるのだが、どうしても怖くて呉林の言葉を信じていた。どちらにしても、この状況で動いてみてもしょうがなかった。微動だにしない人々をどかしどかし進んでみても、次の車両の様子を見る勇気は私には無い。
「お願い止まって。止まって、止まって、止まって……」
 安浦は俯いたまま呪文のように呟きだした。
 電車は本来停車するはずの駅を、まるで気付かないかのように通り過ぎて行く。ホームにいる人々も時が止まったかのように微動だにしない。電車のスピードが上がる……。
 私の中で、意志でなんとか抑えていた恐怖が、破壊的で強力な衝撃となって胸を激しく叩きだした。
「お……落ち着きましょう。きっともう少しで何もかも終るわ!」
 まるで、ジェットコースターと化した電車の中で、ついに呉林もどうしようもない恐怖を覚えた。
「もう少しよ……何もかも……」
 震える声で言いだす呉林の声を聞いていると、突然、アナウンスが、
「まもなく終電の……」
 と放送するのが聞こえる。そして、電車が急ブレーキをかけた。
「きゃーーー!」
 
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