第61話

文字数 2,071文字

 遠くの方から、クラシックが流れている。何の曲かは解らない。そして、肉の焼けるいい匂いがする。
 私はまた夢の世界へと来てしまったようだ。私は座った格好になっている。思い切って、目を力強く開ける。そこは白一色の空間だった。
 正面に窓がいくつもあり、接触した雲が霧散し、こちらへと入ってきている。どうやら、この空間は空中に浮いているようだ。
 間隔をかなり空けた7人分の白い椅子のある長い白いテーブル。テーブルの上には豪勢な料理が所狭しと並んでいる。
 片方には、小さいテーブルが幾つかあり、それぞれ椅子が二つずつ。もう片方には、天蓋付きのベットが人数分。
「ご主人様。ここは天国です」
 少し距離がある向こうから、安浦の驚きと喜びの声が届いた。
「ここ。何も危険がないみたいよ」
 呉林が距離の空いた隣から話してきた。ぐるりと見回すと、呉林の隣が角田、そして渡部、そしてデュオ。その隣が安浦。……私の隣が霧画。霧画もいた。霧画はあの時と違うラベンダーの色のブラウスと薄い青色のスカートという服装だった。
 どうやら、みんな起きたようだ。
「姉さん。どこに行っていたの。心配したのよ。私は姉さんのために二週間勉強したけど……」
 呉林がほっとした顔で、私の隣の霧画に言う。
「多分、現実の世界。私以外誰もいない世界だったのよ。真理、心配かけてごめん。確かにここは危険がないわね」
 霧画は呉林の超能力的直観に頷いた。
「恐らく、奇麗なお姉さんは夢のまた夢に行ったのじゃろう。じゃが虚構でもある」
 デュオが口を挟み、早速料理に手を着ける。
「ご主人様。食べないんですか?」
 安浦も料理をパクつく。
「毒は入ってないみたいよ」
 霧画が呆れ顔をして言う。
「姉さん。ここって」
 呉林は不安そうな顔をしている。
「ふむ。どこかから聴こえるクラシックは、バッハの協奏曲第2番ヘ長調の第1楽章のようじゃな。そして、ここは敵の胃袋じゃ」
 デュオは精悍な顔つきで食べながら話している。
「敵の胃袋って?」
 私が疑問に思うと、
「うまい!」
 仕事中だったようで、上がワイシャツとネクタイの背広姿の角田。料理を食べる。
全治三週間だった渡部は、異変に気が付いて病院内で私服に着替えたようだ。黒のポロシャツと青のジーンズの渡部も怪我が治っていて、
「本当においしいですね。病院の飯はまずいから、どんどん食べられます」
 警戒心のない4人は、どんどんと料理を平らげる。
 呉林姉妹と私は呆れることを通り越して不安がった。
「そうね。ここは敵の胃袋の中よ」
 霧画も同意して、呪い師の雰囲気を纏う。それは、呉林の不思議な雰囲気を凌駕していた。私は料理には手を着けずにいると、
「さ、真理。赤羽さん。食べましょ」
「え」
「姉さん。今なんて」
 呉林と一緒に驚く、
「毒は入っていないし、この後のためよ」
 私と呉林は不安になって目を見合す。けれど、呉林は得心したようで、ウインクすると料理を食べる。
「戦いが近付いているわ。どうしても、避けられない敵との戦いが。それはキラーを送った巨大な張本人よ。内心、私は怖いわ。でも、みんながいるし、きっと何とかなる。それと、あなたがいるもの」
 呉林は私の顔を見た。視線が合うとにっこり笑い、後、みんなに視線を向け、そう言った。
「大丈夫よ。私たちには赤羽さんがいるわ」
 霧画は私と呉林に微笑えむ。その顔は慈愛に満ちた何とも言えない笑顔だ。
「赤羽くんか。頼むぞ。俺も出来るだけ協力するよ」
 角田は料理を堪能しながら力強く……言い放つ。もう、これが恐ろしい一連の夢の最後だと覚悟を決めたようだ。
「赤羽さん。俺も。敵が何であろうとも……」
 渡部は、赤い月の時の凶暴な一面を垣間見させた。
「ご主人様。やっと最後になりましたね」
 安浦は料理を力強く食べる。
 みんなに勇気づけられた私の心にも、世界を救おうという英雄の息吹を感じた。
 けれど、巨大な敵との戦いに戦慄し始めた。これなら、いつまでも仕事をしていたほうがよかったかも……。
 料理はまさに空の幸とでも言うのか。雨水のミネラルウォーター、雉などの鳥の丸焼き、焼き鳥、飛魚の塩焼、それと数種類のパン。
「鶏肉をこんなに豪勢に料理するなんて……。凄い」
 あの安浦が唸った。
「この焼き鳥もうまい。けど、ビールがないぞ!」
 角田は悔しがった。
「本当、ビールが欲しいわ」
 霧画は焼き鳥片手に言った。
「コンビ二のフライドチキンよりうまいなんて……。有り得ねー!」
 渡部が唸る。
「タダ万歳!」
 デュオは大喜びだった。
 私はカップラーメンやコンビニ弁当、そして正直には安浦の料理よりうまいと思った。こんな豪勢な料理を食べさせて、一体何のために?
「姉さん。この空間。いや、建物。南米に向かっているのね」
「そうよ。シャーマンがご招待してくれたようよ」
(いくさ)じゃ。(いくさ)じゃ。やっこさん。どうやら我慢出来なくなったようじゃ。わしらが今でも生きているのが、気に入らないんじゃろうて」
 デュオはからからと笑った。
 私はこれで否応なく、逃げ場のない。最終決戦に挑まなくてはならなくなった。
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