第21話

文字数 1,850文字

 雨音を聞きながら数十分が経たったようだ。辺りは雨のせいで、不安と恐怖で鬱屈しそうだ。ここ医務室でも頼りない裸電球の光がぶら下がっている。
 食糧を探しに行った角田たちが少し心配になってきた。あれだけ必死に戦った後だったが、今となってはとても落ち着いてきていた。私には仕事仲間以外友達といえる存在がいないが、角田と渡部には強い親近感が芽生えていた。
「どお。人助けした気分は」
「不思議と……初めての人助けなんだけど……いい感じだ」
「そうでしょう。こんな特殊な場所だもの。みんなと力を合わせないと。きっと、あなたは知らなかっただけよ。人の大切さを」
 私は寝返りを打った。丁度顔が呉林に向いていない格好になる。
「俺は今まで余り人と関わらなかったからな……」
 私は呟くように言った。そう、私には中村・上村には悪いがちゃんとした友達が昔からいない。晴れやかな正社員になっていった同級生にも合わす顔がなく、隠れるように生活をしていた。
 
「そうなの? 私はこんな商売をしているからか、いろいろな人たちと関わってきたわ。その中で人と関わることって何かっていうのがよく解るの。でも、大変な依頼人が来ると、決まって姉さんのところに行ってたっけ」
 呉林の顔を見ずに微苦笑し、
「お姉さんがいるのか」
「ええ、とっても不思議な力があるの。私の力はお姉さんには敵わないわ」
「へえ。そのお姉さんって美人か」
「……そうね、私と同じ」
 急に高なりだした鼓動が呉林に聞こえるかも知れないが、私と呉林は笑った。こんな時でも笑えるのがとても嬉しかった。左肩の痛みがかなり和らいでくれていた。

 角田たちが持って来てくれた古古米のカレーを食べ終えると、みんなで医務室からこの世界の出口に当てもなく出発することにした。4人はまた延々と通路を歩くことにる。けっこう先に作業場の大きい扉が見えてきた。
「ひょっとして」
 呉林は急に立ち止まると、私に振り向いた。
「赤羽さん。携帯持っていない」
 私はタバコの吸い殻を刑務所の床に捨てると、ライフルを肩に掛け、唯一私服であるズボンから携帯を片手だけでとり出した。私の携帯を受け取った呉林は真剣な眼差しで、私の携帯を何やら弄っていると、突然、辺りに携帯のアラームの音が鳴り響いた。
「違ったかしら?」
 呉林は辺りを見回してから首を傾げる。
「どうしたんだい。俺の携帯に何かあるのか?」
 私も首を傾げる。
「そういえば、あの電車の中で携帯が鳴ったわよね。その後に私たちは元の世界に戻れたの。だから、あの時と同じことをしようとしているのよ」
「ここが、夢の世界だからか?」
 私はあの電車での出来事を少し考えてみた。辺りが急に薄暗くなり、周りの人々もどこかおかしかったが、携帯の目覚まし機能でその現象がなくなった。そういえば……
「あの時、もしかすると三人とも居眠りをしていたのでは?」
 呉林は驚いて、私の方を見た。
「すごいわ。私も同じことを考えていたのよ」
 呉林は顔を輝かせて続けた。
「それなら、こういう仮説はどう? 私たちは現実の世界で寝ると、夢の世界で起きてしまうのよ。……そうだとすると、どうやったら元の世界へと戻れるのかしら?」
 渡部と角田は解らないといった表情を見合わせていた。だが、私は興味を惹かれた。
「それじゃあ、どうすればこの夢の世界から起きられるのだろうか」
「あの時の……電車の中のことをよく思い出して、携帯のアラームが鳴ってから私たちは起きたのよ」
「それでは、携帯の目覚ましアラームで起きることができると、この夢の世界から元の世界へ戻れると?」
 私たちの行為が解りかけてきた渡部は疑問を呉林に向けた。けれど、さっきから携帯のアラームは辺りに鳴りっぱなしだった。
「可笑しいのよね」
 呉林は携帯のアラームを止めたり鳴らしたりしていた。頭がどうにかなりそうな場所で、一つの何とも言えない合理性が芽生える。
「解った携帯のアラームで起きたのは偶然で、何かの音。大きな音で起きるんだ」
 私は思ったことを素直に告げた。呉林はハッとして、うんうんと頷いた。
その時、遠くからテレビの砂嵐の音が迫って来ていた。周囲の静けさの中、砂嵐の音がやけに気になり。私は音の方を見た。突然、いままで歩いてきた通路に、猛ダッシュしてくるテレビ頭が視界に入った。頑丈そうな体をして、片手にハンマー。頭部には32インチのテレビが乗っていて、砂嵐を映している。
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