第14話

文字数 1,168文字

 その歌は男性の声で、実に清々しい風を感じるような歌と声だった。私は歌には疎いが、その 歌を聴くと何故か気分が落ち着いてきた。
「やった! 人がいるぞ!」
 私は一瞬、歓喜したがこれが悪い夢だとしたら、恐ろしい死刑囚が歌を歌っているのかも知れない。
 その歌は一番奥の囚人房から聞こえてくる。一番薄暗い場所なので、怖くてまだ調べていない部屋だった。私は声に耳を傾けながらその部屋の前に立っていた。その時、
「赤羽さーん!」
 今度は女性の声だ。それも一度聞いた事のある知っている声、呉林である。
 理知的と捉えられるスカイブルーの上下の寝間着姿の呉林が今来たところから走ってきた。
「あなたもここに。あれ、髪型……床屋に行ったのね」
「そうだ! なあ、ここって何所なんだ! 俺のアパートにはエレベーターが付いていた!」
 呉林にいろいろと疑問をぶつけるが。呉林は落ち着き払って、
「知らないわ。でも、ここはとても危険なのよ。……私には感じるの」
 呉林は鳥肌のたった腕を見せた。
「また、それか」
 私は体の震えを隠し、呉林の顔をまじまじと見た。少し青くなっているが私程ではない。それにしても知っている人がいる。心細さが消え、安心感がどっと出てきた。けれど、頭は混乱したままだ。

 また、歌声が聞こえる。今度は呉林にも聞こえたようで、顔に緊張が走った。
「他にも人がいるのね。早くここから出ないといけないわ。連れていって協力をしてもらいましょ」
 呉林はそういうと、真剣な顔のまま一番奥の囚人房へとスタスタと歩き出す。
「どうして、また感じるとか」
 私は呉林を追いかけながら問いかけた。
 今は胡散臭い気持ちよりも、強い不安な気持ちが勝り呉林の言うことを信じることにしていた。
「そう、でも今度のはもっと悪い……胸騒ぎがするわ」
 私はそれを聞いて、情けないことに震えを隠せられなくなった。どうしても、あの普通列車より恐ろしい体験は御免だった。矛盾してしまうが、呉林のいうことが違っていればと本気で祈る。こんな悪い夢の様な世界でなければ、美人の呉林とゆっくり出来るのだが……。
「早くここから出ないと。そういえば、安浦は?」
 頭を軽く振って、自然に力が込もった私の質問に呉林は首を振り、
「解らないわ。ここにはいないのかも知れない。それとも、いるのかも知れない、もうこうなったら、訳が解らなくても前に進みましょ」
 呉林は背筋に力を入れ、まったく動じていないかのように言いだした。
「怖いけど開けてみましょうよ。赤羽さん」
 呉林は歌の聞こえる囚人房の前に立つと私に顔を向けた。
「解った」
 高校時代の一年間が思い出される。剣道の基礎を学んだ。
 こんな場所では何も学んでないよりはいい。
 私は頑丈そうな扉に鍵を差し込んだ。取っ手を回す。重々しい音に続いて、耳に入る歌声が一際大きくなった。
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