第8話

文字数 2,130文字

 急ブレーキによる衝撃から、座席から飛び出しそうな呉林と安浦がついに悲鳴を上げる。
私は恐怖と衝撃で体が座席から放り出されそうにな感覚を味わった。意識が朦朧とする。そこには、必死で体を固定する私がいた。
「ピー、ピー、ピー」
 目の前が暗くなりだし携帯の音だと頭の片隅で解る。何故かアラームは今日の午前の8時00分に作動するようになっていた。24時間後の6時00分ではなく……。慌てていたので今朝に作動するようにしてしまい。8と6を間違えたのだろう。そして、私は朦朧とした頭で無意識的に携帯のアラームを消していた。

 気を失ったのか。暗闇から目を開けると、ほんのり明るい光の電車の中だった。隣に顔を向ける。目を固くつむった安浦と呉林がいた。
「おい、起きるんだ! 助かったぞ!」
 回りの人々が私にいっせいに注目したが、気にする余裕がないので、放っておくことにする。みんな目の辺りは暗くなっていない。普通の目元だ。
 安浦と呉林は目をゆっくりと開ける。
安浦は嬉しいのか未だに怖いのか、泣き顔をしていた。
「助かったの。あたしたち」
「終わってくれた! 助かったんだわ! ああ、よかったわ!」
 そう言った呉林は涙目だが何らかの自信のある顔だった。
 私たちは周囲の目を気にせずに、肩を叩いたり手を打ったり喜び合った。
「次は牛久。牛久」
 アナウンスの声で、私たちは唖然とする。時間が経っていないのだ。
「え、え、真理ちゃんどうなっているの。私まだ怖い」
 安浦は首をフリフリ混乱する。
「あたし、怖いわ。すぐに降りたい。降りたい!」
 安浦は半べそで立ち上がる。
「ねえ、出来れば、みんなで一緒にどこかでお話ししましょうよ。そのほうが気持ちが落ち着つくと思うわ。……そして、今後の対策を……」
 呉林は私に手を差し出してきた。
 最後の言葉は呟きのようで、聞き取れなかった。
私は軽く頷いてから、手を取り、
「3人で体験した。あれは、一体なんなんだろう。一人だけなら信じられないけれど夢ってことに出来るけれど……」
 私はさっきのは夢なのか、それとも現実なのかとしばらく考えていたが。結局何も解らなかった。
 私は当然、バイトのことを完全に忘れていた。そして、今になって激しい動悸に気が付く。
 恐怖と疲労、そして混乱。
 生まれて初めての経験にショックが隠せそうもない。
 こんな私でも、どうしてもこの二人と別れたくない気持ちになった。さっさと呉林たちと牛久で降りる事にした。
 牛久の改札口を出る頃には、有難いことに体の震えや動悸も少しは楽になってきたようだ。私たちは、オアシスを求めるように、少し歩いた所のカフェレストラン「イースト・ジャイアント」に入る。
 3人ともこの店に入るのは初めてのようだ。大きめの店、レストランだがコーヒーだけでもゆったりできるようで、今の3人には素晴らしいオアシスだった。
 適当な席へと案内され、3人は各々好きなものを注文するためにさっそくメニューを捲る。
「改めて、私は呉林 真理。銀座で呪い師をしているわ。それと水道橋にある東京都内第6大学に安浦 恵ちゃんと通っているの」
 どうやら、東京の大学に行く途中だったようだ。
 呉林は熱い紅茶を青白い顔で注文する。やはり芸能人顔負けの凄い美人だった。
「俺は赤羽 晶。藤代にあるエコールという会社で、アルバイトをしているフリーター。それと、呪いって何?」
「簡単にいうと、お呪い。その教室の先生をしているの。非科学的だけど現実を全て知っている人なんてこの世にはいないはず。自分の知らないことには、占いや神様や運命のことを考えるでしょう? それと同じく呪いも必要だと思うの。私はそんな人たちに教えているのよ」
「へえ、俺は神様関係は神社に行くことくらいしかないからな。そんな難しいことは知らない。現実を全て知っている人か……確かにいないかもね」
 私は昔から霊感などとは、まったく縁がない人間だ。
 それに二人の女性に、しかも美人に囲まれる形になったので、どうしていいか解らない。なんというか、いつもと違う気分になり落ち着かない。私は女性経験は皆無と言っていい。けれど、顔が悪いわけでは決してない……はず。ボサボサ頭を何とかすればだが……。
 少なからず嬉しいという気持ちはある。
「ひたちの牛久って……。じゃあ、私と恵ちゃんの家に近いわ」
 呉林が微笑む。
「御幾つなんですか」
 安浦は、にんまりと無邪気に聞いてきた。電車の中で、あれだけ取り乱した安浦だったが、大分落ち着いたようで、歩き回る派手な格好のウェイトレスにジャイアント・パフエを注文しながら口を開いた。
「26歳」
「あら、とてもそうは見えないわ。私と恵ちゃんは20歳よ」
 呉林は相変わらずタメ口だった。けれど、不思議と悪い気はしなかった。何故か呉林の雰囲気は年齢を関係なくさせる不思議なところがあった。呪い教室の先生だからだろうか。
「そうよね。この人。ボサボサ頭をキチンとすればハンサムだし」
 安浦は別だが……。
「安浦だっけ。何をしているの」
「え、あたし。あたしは恥ずかしいから秘密」
 安浦は本当に恥ずかしいようでツインテールの頭で俯いた。
「なんで?」
「ちょっと、言いたくないの。恥ずかしいし」
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