第33話

文字数 1,859文字

 休憩が終わり、東に向かってしばらくすると、みんな汗でバケツをかぶったようにびしょびしょの格好になった。疲れてきていた。頭もぼーっとして、これからの重労働どころではない。
「水もないし、池もない。どうしよう。あ、暑いよー……」
 角田は疲れ果てた顔つきになって、さすがに弱音を吐いた。
「とりあえず、目的地らしいところに着いたわ」
 呉林は少し先の広大な砂地を指差した。ぼっかりとこれでもかと空いているバンカーだ。かれこれ、休憩をした雑木林から1時間余り東に行ったところだった。
「どんな道具で掘るんですか?」
 渡部ももう真っ青でふらふらだ。
「手よ」
 この灼熱の世界で、炎のような広大な砂地を手で掘るのは気が引けるどころか、自殺行為なのでは……。
 私は目が回った。今から水分補給をしに、遥か西へ戻れるワケでもない。呉林がいても、ここで死んでも何も可笑しくはない。どうしても、この灼熱地獄の真っ只中、砂地に入りたくは無かった。グラグラする頭から死の文字を必死で追い出した。
「呉林、こんなに広い砂地を手で掘っていくなんて。他の方法は探せないのか? そうでなきゃ……やっぱり、どうしてもっていうんだろ」
 考えたくもない絶望の二文字が頭を過る。もう決死の覚悟だった。
「俺もやるぜ。仕事がある」
「あたしも」
「僕も」

 みんな青い顔で広大な砂地の穴に勇み足になる。高温の砂の地獄へ入って行った。
 私はボロアパートへ帰るために、砂地へ降りた。
 この世界では、絶望とは以外と簡単なのだ。困難に立ち向かわずに元の世界に戻ることを諦めればいい。でも、そんなのは糞食らえだ。
 意地を張って、ただ地獄のようなかんかん照りの中、黙々と砂地を掘り返す。
 呉林は砂地に蹲って灼熱の砂を手で掘り始めた。服が大量の汗で変色しだす。
 太陽光で渡部、角田、安浦もあっという間に、服が汗で変色しだした。
 それは、凄まじい高温によって、服や体から湯気が沸く光景だった。
 呉林は手で掘りながら私に言った。
「赤羽さん……もうそろそろよ。頑張って! だんだんあなたの中で仲間が大切になってきているわ」
 呉林はふらふらの体で叱咤し、荒い呼吸でも決して諦めなかった。自分の不思議な力を信じているのは、他でもない彼女自身なのだ。絶対にみんなが助かると、彼女は砂まみれで必死に信じているのだろう。私も死ぬ覚悟だ。
 どれくらい経っただろうか。あっという間に日焼けしそうな太陽光の中、バラバラになって砂地を掘っていた仲間たち、まず、安浦が倒れ、そして、渡部と角田も倒れた。
 呉林は奇麗な茶髪のソフトソバージュと長い爪を、砂まみれにしていた。きっと、私と同じく目の回る吐き気を我慢しているのだろう。
 地獄と化したゴルフ場で10分は経っただろうか。
 それでも、彼女は諦めなかった。
 安浦や渡部、そして、角田は、呼吸も弱弱しくなりだした。
 私はグラグラとする頭で、吐いた。地面の吐瀉物からも湯気がでる。
「あ……赤羽……さん……強い……意志……を……後、もうちょっとよ」
 彼女は体中の水分を一体どれくらい失ったかで……倒れる。
 辺りはしんと静まり返った。私の他はみんな倒れている。私はもう死を待つだけだった。
「あ……雨……でも……降れ……ば」
 出来れば喉の渇きを潤してから掘りたかった。
 ポカンと空に口を開けていると、一陣の冷たい風が吹いた。
 
 ポツリ。

 空から滴が落ちてきた。
 雨が降ってきた。
 しばらく必死に上を向き、口いっぱいに雨水が溜まると、それを飲む。
 私は体の中に水分が行き届くと、勢いよくラクダ色のTシャツを投げ。砂地を掘り返す。中は小降りの雨が降っていても予想以上に熱い。
 もう限界だった。私は倒れ込むように、やり切れない気持で、砂地を思い切り叩いた。その拍子に小さい穴ができた。
「じりりりりりー」
 叩いた場所から砂だらけの赤い目覚まし時計がでてきた。
 辺りに赤い目覚まし時計の音が鳴り響く。
「こ……これで元の世界に戻れるか……も……みんな……やったぞ……」
 私は雨の中で、ふらふらの体を鞭打ちながら、砂地に埋まっていた赤い古風な目覚まし時計を止めた。

 イースト・ジャイアントは騒然となっていた。中の3人の客が衰弱して倒れたのだ。救急車がサイレンを鳴らして、車の多い道の中央を走る。店内に白い服と白いメットを被った数人の男たちが担架を3本携えて入ってきた。
 3人とも意識不明の重体だった。
「毒でも入っていたのかしら……」
「この店に限ってそんなことは……」
 周囲に野次馬たちができた。
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