第46話 <最強の二人>

文字数 1,699文字

《Side奈美》

ランチに入ったイタリアンのお店で、
夏樹がじっと私の顔を見ていた。

「何?」

「ううん。 倉田っち化粧品変えた?」

「いや。 なんで?」

「いや。 何だかいつもと違うような」

「そう?」

「うん、今日何だかすごくきれい」

「そうかなぁ」って、は! 嫌な予感……。

「なんか……ありましたね? さては」

じーーと私を見て探りを入れてきた。

「いや別に……」

思わず赤面し、バレないように下を向いたが遅かった。

「白状してもらいましょうか」

ニヤニヤしながら夏樹は言い、
私はここ最近の事について話した。

「えーー! いつの間にそういう事になってんの!?」

夏樹は驚いたように言った。

「はぁ、何だか急展開で……」

「そっか、円城寺くんとは別れちゃったんだね」

眉をハの字に下げて夏樹は言った。

「うん、彼を傷つけちゃった……。
あんなにずっと一緒にいたのに」

「そうだね。 振る方も痛みは伴うよね。
嫌いで別れる訳じゃないんだし、付き合い長かった分情もあるし」

「失礼します」と、レストランのスタッフが
前菜のサラダをテーブルに置いて去るのを待ち、
夏樹は話を続けた。

「でもさ、円城寺くんには気の毒だけど、
嫌われても悪者になっても星野くんが欲しかったんでしょう?
正直、倉田っちはそこまでできる人じゃないと思ってた。
なんか、かっこいいよ。 倉田っち今すごくいい顔してるよ」

夏樹は優しく微笑んで言った。

「大人になるとさ、何かと無難を選びがちじゃん?
傷つきたくないし、良い人って思われたいとか
本当の自分の気持ちに蓋しちゃってさ。
パートナー選びも年収とか性格とか条件で選びがちになっちゃう。
幸せになりたくてそう言う人を探すんだけど、
そうやって条件で探してるうちは
なかなか本物には出会えないんだよね」

私はまっすぐに夏樹を見て次の言葉を待った。

「もちろん収入も性格もいいに越した方はないし、
お見合いみたいに完全に条件から選ぶパターンから
本物になっていく事もあるんだけど。
でも『何だかわかんないけどこの人』って直感で思うのって、
「あなたにはこの人!」って言う神様からのメッセージで、
自分にとっては最強の人だと思うんだよね。
自分が思う最強の人にとっての最強の人になれるなんて最高じゃない」

確かにそうだ。
こんな最高なことはない。

「円城寺くんは大丈夫だよ。
今は落ち込んでるかもしれないけど、
いいやつだし、幸せになるよ。
倉田っちも痛い思いしてまでゲットした幸せ、
絶対手放しちゃだめだよ」

「うん、ありがとう」

夏樹の言葉に熱いものがこみ上げてきた。

そうだね、悟史には申し訳ないことをしたと思ってる。

でもね、ごめん、悟史。

悟史はもう私の後ろにいる人なんだ。

あれだけ好きだって思ってたのに。

私は酷い女だ。
酷い女だけど、それで良い。

レストランを出て外を歩くと、ざわっと冷たく澄んだ風が、
私の周りの靄を運び去って行った気がした。

半月後、優のお母さんを見送りに空港まで出かけた。

結局優の実家は手放さずに済む事になり、
優の従兄弟夫婦が優のご両親が留守の間、
あの家に住む事になったようだ。

優は私の事をお母さんに話した所、

「そう、それじゃ旅立つ前に会いたいわ」

と言ってくれて、ご挨拶がてら私も見送りに来させてもらった。

「優、ちゃんとご飯食べるのよ!
あ、でも奈美さんがいれば大丈夫かしらね?」

お母さんが言い、

「もう大丈夫だから!
そんなに心配すんな」

と優は手荷物のボストンバッグをお母さんに手渡しながら言った。

「はいはい」

と、お母さんは肩をすくめた後、

「いろいろ落ち着いたら奈美さんも
クアラルンプールに遊びにいらっしゃい」

と続けた。

「はい! ぜひ!」

と私は笑顔で答えた。

「私ね、向こうで絵でも習おうと思って。
結婚するまではよく描いていたのよ。
もう何十年も描いてないから描けるかどうかわからないけど、
私も誰かの心を動かせるものが描けたらいいなって」

そう言ってお母さんは少しはにかんだような表情を見せた。

「描けますよ! 絶対!」

私は小さくガッツポーズをして言った。

それから保安検査場に消えていくお母さんの背中を見送り、
私たちは顔を見合わせ、

「それじゃ帰るか」

と、どちらともなく手を繋いだ。
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