第31話 <誕生日>

文字数 987文字

《Side優》

9月18日。

いつもなら誕生日なんて一人でもかまわないと思っていたのに、
なんだか無性に虚しかった。

すると電話が鳴り、画面を見ると戸田さんからだった。

「もしもし?」

「もしもし、突然すみません!
さっきうちのお母さんから聞いて!
今日お誕生日なんですよね?! おめでとうございます!」

明るい、澄んだ声が受話器の向こうから聞こえた。

「あぁ、ありがとう」

「今ご自宅ですか?」

「そう、家にいるよ」

「もし何も予定がなかったら、
お祝いしようと思ったんですけど」

その言葉を聞いて俺は思わず

「うん、何もないよ」

と答えた。

一人でいたくなかった。

一時間後、戸田さんはうちにやって来て

「はい! これケーキ! ホールじゃないけど」

と笑いながら、近くのパティスリーで買ったケーキの箱を差し出し、
俺は二人分の紅茶を入れて片方のカップを戸田さんに手渡した。

戸田さんは部屋の中を見回して、
マグカップに生けた花に目をとめた。

「お花とか飾るんですね?」

戸田さんはこの間病院の帰りに買った
バラとブルースターの花を見て言った。

「あぁ、あれはこないだ撮影で使ったのをもらって」

嘘をついた。

「星野さん、なんだか優しいですよね」

「そうかな?」

そう言ってケーキのイチゴを口に入れた。

すると戸田さんは今度はハンガーにかけてあった
シャツに目をとめた。

「あ、あれ、ボタンの色が一個違いますよね?」

西伊豆の民宿で、奈美がつけたシャツのボタンを見て言った。

「あぁ、あれは応急処置でつけたもので」

「同じボタンあるんですか?」

「いや、ない」

「でもあれじゃおかしいから
一番下のボタンをとって付け替えた方が……。
私、裁縫セット持ってるんでやりますよ!」

と、立ち上がりかけたのを制止して
「いいから!」と思わず声を上げた。

戸田さんは少しびっくりしたようだったが、
「わかりました」と微笑み、俺も「ごめん」と謝った。

そして戸田さんは少し目線を落として言った。

「私、魅力ないですかね? 女として」

「そんな事はないよ」

それは嘘じゃない。
きれいな人だし優しいし、俺のことを気に入ってくれている。
ポジティブな自信にも溢れていて、
これまで言い寄ってきた何かを得たいがための女たちとも違う。

魅力がない訳がない。

沈黙に割り込むかのように玄関のチャイムが鳴った。

「ちょっと出てくるね」

戸田さんをひとまず置いて「はい」とドアを開けると
そこには奈美が立っていた。
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