第34話 <これでいいんだよね>

文字数 862文字

《Side奈美》

その夜、私は自分の家には戻らず悟史の家に向かった。

「どうしたの? 昼まで一緒にいたのに」

目を丸くして悟史は言った。

「また顔が見たくなって」

目を見ないで言った。

悟史は不思議そうに、

「まぁいいけど。 入れよ」

とドアを開けた。

「何か食べる? 作るよ!」

私はから元気を出して笑った。

たわいもない話をして夕飯を済ませ、
テレビを見ていたら、ミクちゃんが出ているドラマが始まった。

ドキッとして画面から思わず目をそらすと、悟史が言った。

「そう言えばこないだ、戸田ミクと星野くんが
一緒にいるのを中目黒で見たよ」

私の中で何かがぷつっと切れた。

悟史はそれ以上その話には触れずに立ち上がった。

「そうだ、こないだ不動産屋に行って間取り図取って来たんだ」

と言って棚から一枚の紙を取り出した。

「悟史、引っ越すの?」

私が聞くと

「うん、この部屋、春に更新になるから
もう少し広い所に移ろうかと思って」

「ふーん」

と言う私に間取り図を手渡した。

「ここ、自由が丘なんだけど結構良くない?」

「そうだね。 いいね」

2LDKの南向き。
部屋の作りも素敵な感じ。

「あのさ奈美、一緒に住まないか?」

少し顔を赤らめて悟史は言った。

「え?」

「いや、ちゃんと言う!」

突然悟史は正座をして

「奈美、俺と結婚して下さい!」

まるで大型犬の子犬のような顔で言った。

悟史……。

初めて会ったのは最初に担当した仕事で上司に叱られた日、
同じく上司に叱られている悟史を見た。

なんとなくお互い「頑張ろうね」って励ましあって、
それから話すようになって仲良くなって。

一緒に同じものを見て同じもので笑って。

私が辛い時はいつも肩を抱いて慰めてくれた。

私がちゃんとした大人になれるように、
自分のリスクを冒しても私を突き放した。

いつだって私だけを見て愛してくれた。

なのに私はグラグラしていて
こんな大切な人を裏切る所だった。

「……うん」

頷いて微笑んだ。

「ほんと! やった!!」

悟史は子供のような笑顔で喜んだ。

「これでいいんだよね」

優と離れればきっともう考えることもなくなるだろう。

そう自分に言い聞かせた。


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