第13話 <幸せな時間>

文字数 1,097文字

《Side優》

風呂から上がり「さて」と俺はロビーで立ち尽くしていた。

部屋には奈美がいるし、何だか戻りにくい。

はぁーーっとため息をついて長椅子に腰掛けた。

あの部屋の中、手を伸ばせば届く距離にいた。

そんな所にいたら俺はきっと奈美を抱き寄せてしまう。

抱き寄せてしまったら、その先止められる自信はない。

長椅子にごろんと横になった。
幸い誰も来る気配はなかった。

「このまま朝までここにいよう」

そう言って目を閉じた。

どのくらい時間が経ったのか、
気がつくと外は明るくなっていた。
あのまま寝てしまったのか。

時計を見ると6時ちょっと前。

「朝食まではまだ時間があるな」

俺は起き上がり、そっと玄関から外に出た。

目の前は海が広がり、富士山がきれいに見える。

30分くらいぼーっと防波堤に座っていただろうか。

「発見!」

と声がして振り向くと奈美が立っていた。

「早く目が覚めちゃって部屋に優がいなかったから
捜索のついでに散歩でもしようかと思って」

奈美も隣に座った。

「富士山が綺麗だね~
昨日は夜だったから気がつかなかった」

奈美は額に手を当てて遠くを見るようなポーズをした。

「眠れた?」

俺が聞くと

「うん、時々目が覚めたけど。 優、夜部屋にいた?」

と、奈美も聞いた。

「いや、ロビーにいた。
やらなきゃいけないこともあったし」

ちょっと嘘をついた。

「なんか、ごめん」

奈美は謝った。

穏やかな波の音がして、静かな時間が流れる。

「ねぇ」

と奈美に声をかけた。

「ん?」

奈美がゆっくりとこちらを見た。

「人を好きになるってさ、どういう事なんだろうね?」

「え? 何急に」

奈美は目を丸くして
「どうした?」と言わんばかりの顔をしている。

「ある日いきなり誰かが他の誰とも違う特別な存在になるんだぜ。
どういうシステムが作動してそうなるんだよって思わない?」

「うーん、よく言われてるのは、遺伝子レベルで相性がいいと、
フェロモンとか匂いで反応するとかって言うけど……」

「でもさ、遺伝子的に相性がいい同士が引き合うんだったら、
片思いなんて存在しなくね?
それに匂いで決まるんだったら、みんな一目惚れで完結だろ」

「そうねぇ……」

奈美も考え込んでしまった。

そして

「優、今好きな人がいるの?」

と優しい声で言った。

「いや、そういうんじゃないけど」

また嘘をついた。

「ねぇ、奈美は今幸せ?」

なんとなく聞いてみた。

「うん、幸せ」

「そっか」

円城寺さんとうまくやってるんだな。

「優は? 幸せ?」

「そうだね」

「好きなことやれてるもんね。
これからどんどん伸びる時だもんね」

特に返事はしなかった。

色々あるけど、奈美が隣にいるこの瞬間は幸せだ。

「永遠にこの時間が続けばいい」

初めてそんな事を願った。

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