第45話 <今夜二人は>

文字数 1,663文字

《Side優》

羽田に着いたのは19時をまわった頃だった。

荷物をピックアップし、
到着ロビーに出ると、奈美が待っていた。

「お帰り」

「ただいま」

「北海道は寒かった?」

「うん、雪が降ってた」

たわいのない話を少しして本題に入った。

「円城寺さんと、その後どうなった?」

「うん。 別れた。 正式に」

「そっか」

奈美の表情を見れば、どんな別れだったか想像はつく。

「頑張ったな」

そう言って奈美の頭を抱き寄せた。

電車をいくつか乗り継いで、祐天寺で降り、
住宅街を歩きながら奈美が言った。

「あ! オリオン座。 もうそんな季節なんだね」

空には冬の星座の代表格、オリオンが輝いていた。

「東京は星が少ないな」

「うん。 星の王子さまもこれじゃ帰れないね」

と奈美は笑った。

そして

「どこにも帰さないけどね」

と俺の腕につかまった。

「でも不思議だね。
サハラで出会った時はそれこそ星の数ほどいる男の子の中の
一人だった優が、今はたった一つの星になった」

そしてこう続けた。

「ねぇ、何で私なの?
私よりもっと可愛くて性格も良くて
優に釣り合う女の子いっぱいいたでしょう?」

「そうだなぁ」

俺は少し考えてこう答えた。

「奈美は俺の幸せの完成形に近づくために、
必要な人だったんだよ」

「幸せの完成形?」

「うん。
前に『人を好きになるってどういうことなんだろう?』って
聞いたことあっただろ? あれから俺なりに考えたんだ」

奈美は歩きながら俺を話の続きを待った。

「自分がより幸せの完成形に近づける人に出会うとさ、
神様が恋愛って形のシステムで、
それをお知らせしてくれるんじゃないかって。
俺、奈美と一緒にいるとなりたい自分でいられるんだ。
カッコいいとか素敵じゃない普通の男でいられる。
本当の俺はカッコ良くも素敵でもない普通の男だし、
そういられるのが心地いいんだ」

「そっか。 でもなんかわかる気がする。
悟史……と比べる訳じゃないけど、
悟史は優しいし大人だし、ああいう人を喉から手が出るほど
欲しいって女の人は沢山いると思う。
悟史は私を引っ張ってくれる人だったけど、
優は一緒に歩いている感じがする人だった。
私にとっては引っ張ってもらうより、
一緒に歩いている関係の方が心地が良かったのかもしれない」

さらに奈美は話し続けた。

「だけど、優に出会う前の私だったら悟史だった。
私は優に出会ったことで、
立つステージが変わってしまったんだと思う。
ステージが変わった私と同じ場所にいたのは優だった。
神様が『もうあなたには優ですよ』って恋愛システムで
気づかせてくれたのかも」

「うん」

優は頷いた。

「ただ、神様もわりとエラー起こすんだよな。
それが幸せの完成形なのか、
承認欲求とか依存心とか純粋じゃない欲を満たしたいがためなのか、
わかってない人にも恋愛システム作動させたりするんだよ。
それに幸せになるための相手が見つかったとしても、
必ずしも相手が同じように思ってくれる訳じゃない。
だから恋愛での悩み事が後を絶たない」

「ほんとね。 だけどそういった悩みや失敗は、
恋愛システムの精度を上げるために必要不可欠で、
それすらも神様が与えてくれたプレゼントなのかも。
傷ついた分だけ、自分には何が合っていて何が必要かわかる
アンテナが研ぎ澄まされていくのかも」

「うん。 人との関わりの中で、
自分がしたい事、好きな事、自分のダメな所、
自分って形が浮き彫りになった。
でもそれがわからないと、正しい方向に進めない。
たとえその過程で傷ついたり誰かを傷つけたりしても、
無傷では本当の幸せは掴めない」

「私も優もいっぱい傷ついて傷つけてしまったね」

「幸せになるって簡単じゃないんだよな」

「うん」

ふと奈美が足を止めた。

「どうした?」

俺も足を止めた。

「いろいろあったけど、どんなに傷ついても痛くても、
あなたがいれば全てチャラよ」

愛おしむような優しい目で奈美は俺を見上げ、

「もうね、大好きなの」

と言って俺の肩に頭をつけた。

これまでずっと乾ききっていた身体中の細胞が、
とてつもなく暖かい何かで満たされていく感覚がした。

俺は両手で奈美の顔を包み、「愛してる」と唇を重ねた。


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