第25話 <地上の星空>

文字数 2,160文字

《Side優》

俺は選択を迫られていた。

このままカメラマンの仕事を続けるのか、
戸田さんのお父さんのコネで製薬会社に入れてもらうか。

「もしクリエイティブ的な仕事がしたいなら、
広報の部署もあるんで、
そこで写真を撮ったりっていう事もできるよ」

戸田さんのお父さんはそう言ってくれたが、
そういう問題ではない。

「父さんはどうしてるの?
何で帰って来ない!?」

母さんに電話で問い詰めると、

「お父さんも海外で後処理が大変みたいで、
すぐには帰って来られなさそうなのよ」

と言った。

この間は実家の査定に不動産会社の人が来ていた。

子供の頃から家族で過ごしてきたあの家は、
人の手に渡ってしまうのか……?

もし、俺が戸田さんと付き合って製薬会社に入ったら、
家の売却を阻止できるのだろうか?

撮影後、奈美からも連絡はなかった。

円城寺さんのこともあって、
こちらから連絡するのは気が引けていた。

何だかやさぐれた気分で恵比寿の駅ビルの中にある本屋に入り、
カメラの雑誌を立ち読みしていると、
突然後ろから膝カックンされた。

「うわ!」

振り返ると奈美がニヤニヤして立っていた。

「何お前!」

「仕返しパート2!」

ピースサインの様に2本の指を立てて、
したり顔で奈美は言った。

「何でここにいるの?」

俺が聞くと

「私だって恵比寿で買い物ぐらいしますよ」

と奈美はそっぽを向いて答えた。

円城寺さんの事は気がかりだったが、
せっかく奈美に会えたこのチャンス。
棒に振りたくない。

「この後何かあるの?」

俺は奈美に聞いた。

「いや、なんも」

奈美は答えた。

「それじゃ、俺の秘密の場所教えてやるよ」

何としても引き止めたい俺はとっさにそう言った。

「教えちゃったら秘密にならないじゃん!」

と奈美は笑ったが、

「地上の星空が見える場所。 特別な!」

と言うと

「地上の星空?」

と不思議そうな顔をした。

向かった場所は恵比寿ガーデンプレイスのタワー。
エレベーターで38階まで上がると、大きなガラス窓の外に、
東京の夜景が宝石箱をひっくり返したかのように輝いている。

「うわーーきれい!!」

「な、これが地上の星空」

俺は得意げに言った。

「仕事で嫌なことがあった時とかここに来てさ、
この景色を眺めるんだ。
この窓の明かり一個一個に人々の人生があって、
その人たちも頑張ってるのかなぁって思うと、
俺も頑張ろうって思うんだ」

そう言うと

「そうなんだ」

と言って奈美は微笑んだ。

「あ! そういえばこの間、
美容室でお母様に会ったんだよ!」

思い出した様に奈美が言った。

「え? マジで?」

「うん、それでその後二人でカフェでお茶しちゃった!」

「えーー! 全然知らなかった。
あの人そんな話何も言ってなかったし!」

俺は驚いて言った。

「あのさ、おうち、大変みたいだね」

心配そうに奈美が言った。

「母さんに聞いたのか」

「うん」

奈美は眉をひそめてこちらを見ていた。

「実は……親父が海外で事業に失敗して、
結構な負債を抱えてるらしいんだ。
そのせいで実家が売却されるかもしれないんだけど、
戸田さんのお父さんの製薬会社に俺が入ったら、
もしかしたら売らないで済むかもしれなくて」

窓の外を見ながら俺は言った。

「そうだったの?!」

奈美は驚いた表情で言った。

「俺、カメラの仕事は続けたい。
でも家の事を考えたら、
戸田さんのお父さんの会社に行った方がいいのかな?」

そう言うと奈美はすかさず

「辞めちゃだめ!」

と言った。

「優が心からやりたい仕事なんでしょう?
だったら辞めちゃだめだよ。
ご家庭の事情はあるのかもしれないけど、
それって優自身の人生に一生ついて回る事だよ。
それにね……」

まっすぐな目で奈美は言葉を続けた。

「それに私、優の写真好きなんだ。
優しくて癒される写真。
私、もっと優の作品見たい」

俺は黙って奈美の顔を見つめ、

「ありがとう」

と一言だけ告げた。

奈美はどうしてこうやって俺の横にいてくれるんだろう?
可愛い"弟"が心配なだけなんだろうか?

ちょっと試してみたくなり、俺は仕掛けた。

「そうだ、俺、再来週の土曜日誕生日なんだ。
まぁでも、たぶんぼっち誕生日だけど」

そう言って笑ってみせた。

「再来週の土曜日が誕生日なの?
9月18日、乙女座!? 可愛いーー」

「それやめろ。 子供の頃さんざん乙女座ってからかわれた。
奈美は誕生日いつなんだよ」

「私? 私は3月18日」

「真逆だな」

「半年後プレゼントお待ちしてます」

と奈美はおどけて、しばらく考えた後、

「そっか、もうすぐ誕生日なんだ……
お祝いしてあげようか?」

と言った。

「え! ほんと!?」

ダメ元で言ってみた誕生日の話が、
思いがけず嬉しい流れになり
さらっと反応するつもりが、思わず声を弾ませてしまった。

「何か食べたいものとかある?」

奈美が聞いた。

「うーん、特にないけど……
あ、モロッコ料理とかどう?」

「いいね! 
飯田橋に美味しいお店があるって聞いたことある!
決まり! そこ行こう!」

え? ほんとにほんとにいいのか!?

円城寺さんがいるのに誕生日祝いをしてくれるなんて、
もしかしてだけど、それって少しくらいは俺の事……
なんてないかな。

18日のお昼に飯田橋で待ち合わせの約束をして、
その日は別れた。

また奈美に会える。
それも俺の誕生日に。

帰り道に自然と鼻歌が出てしまうくらい気分が上がった俺は、
普通に単純な男なんだなという事に気がついた。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み