第12話 <民宿の夜>

文字数 1,572文字

《Side奈美》

部屋に通されると、
6畳くらいの部屋が二つ続いた畳の部屋だった。

「奈美は奥を使って」

そう言って優は手前の部屋に荷物を置いた。

ひょんな事から一緒の部屋に泊まる事になったが……。

まぁでもほんと優なら弟みたいなものだし、
今のあの子だったら変なことはしないでしょう。

「それじゃ、俺は車に戻るから。 ゆっくりしてて!」

そう言って優は出て行った。

「やれやれ……」と思い、畳に寝そべった。

悟史には黙っておいた方がいいかな……
ぼんやりそんな事を考えていた。

「そうだ、お風呂でも行こう……」

優がいない間にお風呂に行く事にした。

ここは民宿だったけど、温泉が通っていて、
小さいけれど露天風呂まであった。

海からの夜風が心地良い。

そう言えば優は私に会う前は、プレイボーイだったのよね……。
いろんな女の子といろんな事……してきたのよね……。

今でこそ私の前ではしれっとした弟みたいな子だけど、
私が知らないそんな面もあるんだよな。

ふと車の運転をする優の横顔、長いまつげ、首筋、
肘まで捲った袖の下から見える腕の筋肉なんかが頭に浮かんだ。

「なんだなんだ」

私は首を横に振ってその映像を打ち消した。

「戻ってきたらどうしよう……」

何だか妙に緊張してきた。

結局1時間くらいお風呂にいて、
半分湯あたり状態で部屋に戻った。

まだ優は戻っていない。

テレビの音だけが頭の中を上滑りしていくような時間が流れ、
夜の12時近くになって、優は戻って来た。

「あれ? まだ起きてたの?」

「うん、いつも寝るの1時くらいだし」

「ふーん」

荷物を置いて優もとりあえず座った。

「車どうだった?」と聞くと、

「やっぱりダメだった。 工場まで運ぶって。
安達さんが後日車取りに行くから、
俺たちは明日電車で帰って来いって」

と答えた。

「そっか」

しーんとした中にテレビの笑い声だけが響く。

「風呂入ったの?」

優が聞いた。

「うん。 結構良かったよ。 露天もあったし」

「へー」

またお互い黙る。

ふと、優の胸元を見ると、
シャツのボタンが一個無いことに気が付いた。

「あれ? ボタンとれてない?」

「え? あ、ほんとだいつの間に……」

「予備ボタンついてないの?」

「ないなぁ」

「ちょっと待って!」

私は奥の部屋に行き、
バッグの中から小さなポーチを取り出した。

ポーチには裁縫道具とボタンがいくつか入っている。

「こういう時のために持ち歩いてるんだ」

ボタンを選ぶためにポーチを覗き込んで言った。

「用意周到だなぁ」

と優もポーチを覗き込んだ。

「はー、ネイビーのシャツに合うのがないなぁ。
大きさがちょうど良いのはピンクしかないけど、
応急処置でそれにしておくか」

「変だろそれは!
どうせ誰も見ないし! いいよこのままで!」

「いや、その場所は目につくって。
ボタンとれてるなんてイケメンが台無しだよ。
ピンクでもみんな優ならおしゃれでやってると思ってくれるよ」

そう言いながら針に糸を通すために目を凝らした。

「無茶苦茶言いやがって……」

ぶつくさ言っていたが、

「明日もそれ着るんでしょ? さぁ脱いで」

優はしぶしぶといった感じでシャツを脱いだ。

ボタンがついていた場所に針を入れてボタンを通す。
何度かそれを繰り返してボタンはシャツに落ち着いた。

「はは、ダッセェ!」

優は笑った。

「今だけだから。 
帰ったら同じ色のボタン探して付け替えて」

糸を切りながら私は言った。

「できる気がしないけど……」

確かに単身の男子には難しいかしらね……。

「はい」

そう言ってシャツを手に、
優を見ると肌着姿になっていた。

私がシャツを脱げと言ったからなのだが、
急に心臓のスピードが倍速になった。

優は

「それじゃ、俺も風呂行って来ようかな」

そう言って立ち上がった。

「寝てていいから」

そう言って部屋を出て行った。

私はなんだか一気に疲れがどっと出て、
いそいそと奥の部屋に行き、
ふすまを閉めて、布団に潜り込んだ。


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