第20話 <撮影本番で急接近>

文字数 1,672文字

《Side奈美》

撮影本番の朝。

私は忘れ物がないように荷物のチェックをした後、
コーヒーを入れて一息ついた。

「俺、奈美といると幸せだ」

そう言った優の真顔を思い出し、心臓のドキドキが早まった。

あれは……本気の言葉だったんだろうか?

それにしてもミクちゃんと優のお母さんが知り合いで、
お母さんは優とミクちゃんを引き合わせようとしていたとは……。

でもそうだよね。
優には私なんかよりミクちゃんみたいな子がふさわしい。

もし私に対して特別な感情があったとしても、
きっとそれは今だけの事。
優の幸せを考えたら、私の事なんて早く忘れた方がいい。

って、私何考えてるんだ! おこがましい!!

そもそも、私には悟史がいる訳だし、気に病む事ではないだろう。

パンパン!と両手で頬を叩いで気合を入れ、

「よし! 行くか!」

と、部屋を出た。

修善寺には撮影スタッフたちが集結していた。

規模としては小さかったけど、わりとしっかりとした撮影だ。

「リラックス!」

優の肩を後ろからぽんと叩くと、

「おう!」

と優は親指を立てて笑った。

見守りで付いて来た安達さんは、
黙って後ろの方で撮影の様子を見ていた。

真っ白なワンピースで登場したミクちゃんは、
妖精のような可愛らしさとピュアさを醸し出していた。

同性の私でも惚れてまうくらいだ。

「ミクちゃん、もう少し柔らかい表情でお願いします!
あと、凛とした顔のパターンもお願いできますか?」

私がリクエストすると、

「はい」と答えて、

すっと表情が変わった。

「さすがだねぇーー」

夏樹が感心した。

「もうちょっと顔右に向けて。 はい。 いいね!」

優は初めての仕事とは思えないほど落ち着いていた。

頼もしくすら見える。

私と並本さん、優とミクちゃんがモニターを見て、
仕上がりのチェックをする。

「うん、いいね」

並本さんとクライアントからもオッケーが出た。

「衣装チェンジしまーす!」

ミクちゃんは控え室に行き、スタッフ達は束の間の休息をとった。

私はクーラーボックスに冷たいおしぼりを用意してきていたので、
みんなにそれを配った。

「はい、冷たいおしぼり」

優にも差し出すと、

「くーー! 生き返る!」

とおしぼりで顔を覆った。

「お疲れ! すごい落ち着いててカッコ良かったよ!」

と私が言うと、

「いやーー、 結構必死だったよ」

と脱力したような表情を見せた。

そして「奈美、ありがとな!」と笑い、
その顔に思わず胸が高鳴った。

「じゃ、また後で」

私はそう言って元の場所に戻ろうとすると、
視界が急に狭くなった。

あれ? 何これ?

手が震えている、何だか気分が悪い。

「倉田っち!?」

夏樹が叫んだような気がしたけど、そこで記憶がなくなった。

意識が戻った時、
どこかの部屋のソファに寝かされているのに気づいた。

ふと横を見ると優が座っている。

「気がついた?」

優が言った。

「私、どうした? 何でここに?」

「熱中症だって。 
ここはクライアントさんの応接室だよ」

倒れたのか……私。

「撮影は……?」

「もう終わった。 村井さんと並本さんで進めたよ」

「はぁ、そっか。 迷惑かけちゃったな」

「倒れた時、顔が真っ赤で心配した。
今は顔色は戻ったけど気分はどう?」

「うん、もう大丈夫」

体を起こして優と向き合った。

「そう、良かった」

優は目を細めて優しい顔で私を見た。

まただ、そのまなざし……。

心臓のスピードが早まった。

優は微笑んだまま私のおでこに貼り付いていた
冷却シートをはがし、そのまま頬に手をすべらせた。

優しい表情は真顔に変わり、
西日が照らし出すその顔は吸い込まれそうに美しかった。

黄金色に輝く髪、長いまつ毛にバラのように赤みをおびた唇。

ふっとその唇に引き寄せられそうになった時、

「奈美!」と声がして誰か入ってきた。

「悟史! どうして!?」

思わず身を翻し、優から離れた。

「夏樹ちゃんから奈美が倒れたって連絡が来て、
半休とって車で迎えに来た」

「そうなんだ」

なるべく平静を装って私は言った。

「大丈夫か?」

心配そうに覗き込む悟史に向かって

「うん、もう大丈夫」

そう言って笑ってみせた。

優が私に触れたのを見ただろうか?

悟史の表情からはそれは伺えなかった。


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