第32話 <交錯>

文字数 1,213文字

《Side奈美》

優の誕生日の朝、
まだ眠っている悟史をベッドに残してキッチンに向かった。

冷蔵庫からミネラルウォーターの
ペットボトルを出してグラスに注ぎ、一口飲んだ。

私は……何をしているんだ?

これは裏切り?

って誰を?

頭が混乱していた。

すると悟史の携帯が鳴り、眠そうな声のまま悟史は電話に出た。

「あー、午後から仕事になっちゃった!」

悟史が言った。

「せっかく映画観に行こうと思ってたのに!」

ぼやく悟史に向かって

「まだ来週もやってるから大丈夫だよ」

と私は笑って言った。

顔では笑っていたが、優の誕生日に一人で
寂しい思いをさせてしまっていないだろうか気がかりだった。

午後、居ても立ってもいられず、悟史が出かけたのを見計らい、
私は急いで身支度を整え、祐天寺に向かった。

「やっぱり会いに行こう! まだ誕生日に間に合う!」

優の部屋の前まで来て呼吸を整え、ドアのチャイムを鳴らすと、
「はい」と声がして優が出てきたが、
私の顔を見てはっと目を見開いた。

「ちょっと……出よう」

そう言って外を指さした。

ドアを閉めようとした時目に入った、
玄関にきちんと揃えて置いていあるオレンジ色のパンプスに、
ビリっと体に電気が走った感覚がした。

あのパンプスは……ミクちゃんのものだ。

なんで? 誕生日はぼっちだって言ってたのに。

いや、あの優だもの、誕生日を祝ってくれる女の子なんて
いくらでもいるだろう。

玄関からエントランスに出るまでの通路を歩きながら、
ここまで来た事を後悔した。

あぁ、私は何を舞い上がっていたんだ。
女の子慣れした優だもの、
頬に触れたり甘い目線を送ったりなんて
日常茶飯事、普通の事なのかもしれない。

ミクちゃんだったらお似合いだし、
あの子と付き合うんだったら誰もが納得だろう。

納得だけど……ぎゅうっと胸が痛んだ。

「奈美、どうしたの?」

優が聞いてきた。

「今日は急に押しかけちゃってごめんね!
悟史が来てたんだけど急に仕事が入ったって
午後から出かけちゃって。
予定が空いたから、優いるかなって思って!」

私は笑顔で答えた。

「プレゼント用意してたから、これだけでも渡そうと思って。
誕生日に間に合って良かった!」

そう言ってプレゼントの包みを優に押し付けた。

「これってどういう意味?」

優はこちらを伺うように聞いた。

「あ、別に深い意味ないから!」

私はそう言って笑った。

「深い意味、ほんとにないの……?」

優が私をまっすぐ見て言った。

私は

「ないない! 大丈夫!!」

と、手を振って否定した。

その途端、優の目から光が消えた気がした。

「そう。 
それじゃ、悪いけどもう家まで来ないでくんない。
俺もいろいろあるんで」

パリン!と、心の中でガラスが割れるような感じがした。

「そうだね、ごめん。
優も予定があるのに急に迷惑だよね?!」

手が震えていた。

私はもう一度「ごめん」と言ってきびすを返し、
駅の方に走った。

「バカじゃないの!?」

恥ずかしかった。

悲しかった。

もう私なんてどこかに消えてしまいたかった。


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