第30話 <揺れる心>

文字数 830文字

《Side奈美》

ベッドに腰掛け右手の包帯を解いて手に薬を塗った。

「まだちょっと痛むなぁ」

確かに素手で火を消すなんて無茶したな……。

火傷をした私の手を見つめる優の表情を思い出した。

誕生日に会えなくなったと告げた時の優の表情にも、
あの子の心が透けて見えた気がした。

はぁと小さくため息をついてチェストの上の小瓶に目をやった。

モロッコから帰国する日、
優にもらったサハラの砂の入った小瓶だ。

「この中には砂漠の井戸が入っています」

あの時、その意味はもっと人間愛とか友情みたいな
広い意味合いと受け止めたが、
そこには恋愛の意味合いも含まれていたのだろうか?

また頬が熱くなった。

私はベッドから立ち上がり、
小瓶の横の本立てから「星の王子さま」の本を取り出した。

中を開くとフサフサの金色に輝く髪をした王子さまのイラスト。

そこに優を重ねて思わず「プッ」と笑った。

ふと、「そう言えば優の写真ってあったっけ?」と思い、
スマホのアルバムを開いて写真をスクロールした。

えっと、去年の春……指でスマホの画面をなぞり、
モロッコ旅行の写真の中から、優を見つけた。

シャウエンの入り口にある玄関だけ取り残された家の前で
「モデル風」とふざけてカッコつけて撮った写真。

「無駄にイケメンだな……」

思わず呟いた。

でもなんかほっとする。

悟史に優にはもう会うなと言われた。

それはごもっともな事だ。

このまま何もしなかったら、
私はもう優と会うことはないのかな?

優から連絡が来る事はあるのだろうか?
いや、来たとしても悟史がいる限り、
私はその誘いを断り続けなければいけないのだろうか?

でも……

しばし考えた。

優にとってはその方がいいのかもしれない。

私がいなければきっとミクちゃんと会ったりするのだろう。

その方が釣り合いが取れたカップル。
優のご両親も歓迎するだろう。

するとLINEの着信があり、見ると悟史からだった。

「今週土曜日そっちに行っていい?
久しぶりに映画でも観ようよ」

今週土曜日は優の誕生日。

「いいよ」

と返信を送った。


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