第22話 <優ママと差し向かい>

文字数 1,637文字

《Side奈美》

鏡に向かい、私は唇にリップを塗った。

薄紅色に艶めく唇。

あの日の優の唇を思い出し、また顔が熱くなった。

私、思わず引き寄せられた……。

私はブンブンと頭を振って
「気分転換しよ!」と美容室に出かけた。

いつもの美容室に顔を出すと、見覚えのある女性の姿があった。

「あ、あれってもしかして優のお母さん!?」

私が驚いていると、優のお母さんも驚いたように

「あなたはこの間の……?」

と言った。

美容師さんが変に気を効かせて隣の椅子に通された私は

「気まず!」

と、思わず心の中で叫んだ。

優のお母さんはしばらく黙って雑誌を読んでいたが、
ふと雑誌を閉じて、鏡の前の巾着袋を渡しに差し出した。

「ひとついかが?」

袋の中には飴が入っていた。

「あ、それじゃいただきます……」

私は愛想笑いをして飴をひとついただいた。

「いつもこの美容室なんですか?」

と、なんとなく聞くと、

「いつもの所が臨時休業で。
今日は夜に大事な方と会食があるから、
急遽この美容室に来たのよ」

とお母さんは言った。

さすがお金持ち。
会食のために美容室でセットか……と思っていると、
お母さんは思いつめたように

「あなたこの後お時間あるかしら?」

と聞いた。

「はい、大丈夫ですけど」

と答えると、

「あの子……優の事、ちょっと聞きたいのよ」

とお母さんは言い、

私は少し考えて

「いいですよ」

と答え、美容室を出た後に二人で近くのカフェに行くことにした。

「あなた、お名前は?」

「倉田奈美と申します。
優くんとは去年の旅行先で出会って、
今は偶然仕事でご一緒させてもらっています」

「旅行ってモロッコの?」

「はい」

「そう……」

そう言ってお母さんは少し黙った後、口を開いた。

「あの子、すっかり変わってしまって。
あんな子じゃなかったのよ。
明るくて優しくてバスケが大好きで……」

遠い目をしてお母さんは言った。

「私のせいでああなっているのかしら……?」

そう言ってお母さんは目を伏せた。

お母さん、レイナさんの事は知らないのかな?

「いや、そうじゃないと思いますよ」

私が言うと、お母さんは顔を上げた。

「あれが本当の優くんなんだと思います。
彼は今、本当の自分を取り戻そうとしているんだと思います」

「それじゃ、これまでの優は本当の優じゃなかったって事?」

お母さんは眉をひそめて言った。

「自分でも何が本当の自分なのか
わからなかったんじゃないでしょうか?
本当の自分を出すより周りの期待に応える事が、
自分の役目だと思っていたのかもしれませんね」

お母さんはふぅとため息をひとつついた。

「心配なのよ。 あの子が」

そう言って一口紅茶を飲んだ。

「実はお恥ずかしい話なんだけど、
今うちの主人の仕事が上手くいってなくて」

「え?」

優、お家がそんな事になっていたの?

「あの子には安定した仕事に就いてもらいたかった。
私の主人は会社経営者で、これまでは上手くやってこれたけど、
それなりに厳しい局面に何度も遭ってきました。
あの子にはそういう思いをして欲しくなくて……」

お母さんは心配でたまらないと言った表情で言った。

「……大丈夫ですよ」

私は答えた。

「優くんはしっかりと自分の道を歩いています。
大変な事もあるかもしれないけど、
彼なら乗り越えられると思います」

そう言って笑った。

少しの間お母さんは私の顔を黙って見つめると

「あなたは、どんなお仕事なさっているの?」

と尋ねた。

「私は広告代理店でグラフィック広告のデザインをやっています。
最初はそういう仕事って箔が付くかなー?なんて
不純な動機で入社したんですけどね」

そう言って私はアイスティーを一口飲んだ。

「でも、何かを創造して誰かの心に影響を与えた時、
私はこの世に生きてるって感じがするんです」

真面目な話しちゃって引かれたかな?

ちょっと恥ずかしかったけど、
優のお母さんの顔を見ると、まっすぐこちらを見ていた。

「私にはわからない感覚だけど、
そういう世界もあるのかしらね?」

お母さんはまた紅茶を一口飲んだ。

「はい、素敵な世界ですよ!」

私はまっすぐお母さんの目を見て言った。


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