第21話 <窮地>

文字数 1,186文字

《Side優》

クライアントの応接室で奈美の様子を見ていたら、
突然円城寺さんが現れた。

特に俺とは言葉は交わさないまま、奈美を連れて帰って行った。

帰り際、鋭い視線を投げつけられたのは、
奈美に触れたのを見られたからだろうか?

そしてあの瞬間、
奈美がふっと俺に触れそうに思えたのは気のせいだったのか……?

機材の片付けが終わり、俺らも帰ろうかと思った時、
「星野さん」と呼び止められて振り向いた。

メイクを落とし、私服に着替えた戸田さんが立っていた。

「倉田さん、どうでした?」

「あぁ、もう大丈夫。 車で迎えが来て帰ったよ」

「そう、良かった……」

戸田さんもほっとした表情で言った。

「あの……今度うちの両親が、
星野さんとお母様とお食事でもどうかって言ってるんですけど……」

遠慮がちに戸田さんは言った。

「すいません、俺そういうの苦手で……」

そう言うと戸田さんは少し気落ちした感じで

「そうですか……」

と答えた。

「でも、気が向いたらいつでも誘って下さいね!!」

そう気を取り直して笑顔で
「それじゃ」とマネージャーの元に走って行った。

戸田さんみたいな子はきっと周りを幸せにする人だろう。

そして俺が戸田さんの気持ちに応えたら、
一番丸く収まるのだろう。

でも……。

俺は……奈美は……
このままでどこかで交わることがあるのだろうか?

家に帰ってから、さすがに疲れて部屋のベッドに倒れ込んだ。

仰向けに目を瞑って少しウトウトしかけた時、携帯の電話が鳴った。

ぼんやりした目をこすり

「はい」

と電話に出ると、母さんだった。

「優、どうしよう……」

声が震えている。

「どうしたの?」

体を起こして電話の向こうに問いかけると、

「お父さん、向こうでの事業に失敗したらしいの……」

と返ってきた。

「え!?」

「結構な損失が出たみたいで……。
もしかしたらこの家も売らないといけないかもしれないって」

母さんの声は半分泣いているようだった。

「私、どうしたら……?」

「すぐそっちに行く」

俺は部屋を飛び出て実家に向かった。

家に入ると、母さんがダイニングテーブルの椅子に
背中を丸めて座っていた。

「母さん、大丈夫?」

俺が声をかけると、

「コンドミニアム……」

と母さんは呟いた。

「お父さんと優と三人で休暇を過ごすために買った
ハワイのコンドミニアム。
あれはもう売る事に決めたって」

気落ちした様子で母さんは言った。

「あのコンドミニアムはすごく気に入っていたのよ。
あなたとの思い出も沢山。
これから孫が出来たりした時に、
またみんなで行けたらって思っていたのに……」

ぽろぽろと涙をこぼしながら母さんは言った。

「それでこの家までなくなったら私……」

「大丈夫だよ!」

俺は母さんの背中をさすった。

「ねぇ優、お願いよ。
もうフラフラしてないで、堅実な生活してちょうだい!」

「……」

俺は返事に困った。

「一度でいいから戸田さんとの会食、考えてみて」

すがるような目で母さんは俺に言った。


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