第23話 <会食の夜の戦慄>

文字数 1,575文字

《Side優》

「いやぁ、思った通り、立派なご子息で」

戸田さんのお父さんは言った。

「これがご縁で、
良いお付き合いができるといいなと思っています」

母さんもにこやかに言った。

ここは名の通ったフレンチのレストラン。
こう言う場は堅っ苦しくて好きじゃない。

「それじゃ、後は若い二人にまかせて」

そう言って戸田さんの両親と母さんは店を出て行った。

「今日はありがとうございました」

戸田さんは言った。

「俺あんまりトークが得意じゃないから、
楽しいかどうかわからないけど」

「ううん。
なんだろう、星野さんの人柄がすごくいいなって思ったから、
別に話が上手とか関係ないです」

俺の何がいいのか、俺にはさっぱりわからんが。

「父の会社の話、無理しないで下さいね。
星野さんの気持ちを優先して」

戸田さんはそう言ってくれた。

「ありがとう」

と言い俺はスーツのネクタイを外すと、テーブルの上に置いた。

「ね、ちょっとこういうの疲れますよね!」

戸田さんも笑ってくだけた姿勢をとった。

「そう言えば星野さん、
一ヶ月くらいモロッコに行ってたんですよね?」

「あぁ、そうだね」

食後のコーヒーを飲みながら俺は答えた。

「モロッコって可愛い雑貨くらいしか思い浮かばないけど、
どんな所なんですか?」

「良い所だよ。
サハラ砂漠は美しいし、人も素直でエネルギーに満ちていて」

「へぇ~サハラ砂漠か。 一度行ってみたいなぁ」

戸田さんは遠い目をして言った。

「うん! 一生に一度は行った方がいいよ!」

俺がそう言うと戸田さんも微笑んだ。

「倉田さん……」

急に奈美の名前が出て来て思わず顔を上げた。

「って一緒にモロッコを旅してたんですか?」

「あぁ、あの人は砂漠でたまたま知り合ったんだけど、
その後ドライバー兼ガイドと三人で、
10日間くらい各地を回っただけで」

「倉田さんすごいなぁ。 一人でモロッコ行くんですね」

憧れるような目をして戸田さんは言った。

「素敵な人ですよね。
自分をしっかり持ってるって言うか……」

「えーー!? そうかぁ?」

「そうですよ! 
仕事に対してもいいものを作ろうっていう意気込みを感じるし。
誰に対しても気持ちよく接しようって心がけてるし」

「でもダメダメな所もあるんだぜ」

少し笑いながら言った。

「情けなくてビビリで、感情丸出しの時もあるし。
モロッコでも絨毯屋でガイドに怒られるわ、
バッグ盗まれて俺に八つ当たりするわ、
スークでぼったくられて凹むわ……」

「……星野さん、倉田さんの話になると、よく喋りますね」

「え?」

「いいえ、何でもないです」

そう言って戸田さんは微笑んだ。

そんなに俺、奈美の事になるとよく喋るのか!?

何だか微妙な空気のまま、二人はコーヒーを飲んだ。

レストランを出た後、
山手通り沿いでタクシーを拾って戸田さんを見送った。

振り返って駅に向かおうとすると、

「星野くん」

と急に呼び止められ、驚いて声の方を向くと、
円城寺さんが立っていた。

「円城寺さん、どうしたんですか?」

少し焦って聞くと、

「俺の家、中目黒なんだ」と答えた。

「戸田ミクだよね、今の。 付き合ってるの?」

円城寺さんは突き刺すような視線で俺に聞いた。

「いや、そんなんじゃないです。 
ただ食事していただけで」

うろたえているのを悟られないよう言うと

「うちの会社の新人に、
君と同じサークルだったって言う子がいてね。
君、学生時代相当女の子と遊んでたみたいじゃないか」

「あ……」

「奈美のことも誘惑しようとしてるのか?」

「そんなことはないです……」

動揺していた。
円城寺さんはやはりあの時、見ていたのだ。

「たとえ君が奈美に思いを寄せていたとしても、君に何ができる?
カメラマンなんて不安定な仕事、いつどうなるかわからない。
収入も今の君じゃ自分一人食べていくのに精一杯だろう」

至極真っ当な指摘に、何も答えられなかった。

「もう奈美には近づくな」

そう言って円城寺さんは去って行った。


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