第43話 <供養>

文字数 1,625文字

《Side優》

奈美からLINEの着信があった。

円城寺さんに俺の事を話したらしい。

すぐにでも飛んで行きたかったが、俺はすでに北海道入りしていた。

仕事は富良野にこの春オープンする新しいホテルのPR写真の撮影で、
一週間は帰れない。

「戻ったらすぐ会いに行く」と返事をした。

小雪がちらつく鉛色の空が、
奈美の気持ちを映しているかのようだった。

この仕事は丸の内での撮影で一緒だった
榊原さんが絡んでいたので緊張していた。

進み具合を見計らいながら、必要な機材を準備したり、
安達さんが動きやすいように環境を整える。

すると、そばに立っていた榊原さんが声をかけてきた。

「あんた機材の扱いも丁寧で、先回りも的確になったね。
仕事の流れも良くなって助かるよ!」

「当たり前のことをやってるだけですよ」

と俺が笑うと、

「今時は当たり前のことができない子がいっぱいいるんだよ~」

と、榊原さんはぼやき、続けて

「今度あんたにちょうど良さそうな仕事があったらお願いするよ」

と言った。

「えっ……」

最初は上手くいかなくても、
目の前のことに真摯に向き合っていれば、
そのうち認めてもらえるのかもしれない。

「ありがとうございます!」

俺は深々と頭を下げた。

北海道の最終日は札幌に戻り、一日休みをもらった。

レイナの墓参り。
ちょうど撮影のタイミングと命日が重なったのは、
レイナが俺を呼んだのだろうか?

レイナの墓にはレイナが亡くなって間もない頃
一度訪れたことがある。

本当は毎年来ないといけないんだろうけど、
「遠くてなかなか来れなくてごめんな」
と墓前で手を合わせた。

すると「あの……」と声がして、
顔を上げると女性が一人立っていた。

その女性は「レイナの母です。 お友達ですか?」と言った。

俺が「星野と申します」と頭を下げると、

「星野さん、あぁ」と俺を知っているようだった。

「お付き合いされてましたね? 娘と」

「はい」

「あなたにも切ない思いをさせてしまったんじゃないかしら……」

「いえ。 悪いのは僕だと思っているので」

少し間があり、レイナの母親は静かに口を開いた。

「実は私たち夫婦とレイナは血が繋がっていないんです。
あの子が生まれて数日で、私たちが養子として引き取りました」

少し驚いたが、俺は黙って話の続きを待った。

「高校の修学旅行でパスポートを取る時に、
取り寄せた戸籍を見てしまって。
もっと大人になってから話すつもりでいたんですけど、
そこから私たちと距離を置くようになってしまいました。
あの子は自分自身の存在を否定してしまっていたんです」

寂しそうに母親は墓石を見つめていた。

「私も主人もどうあの子に接していいのかわからなくて……
私たちがもっとあの子に寄り添う事ができていれば、
こうはならなかったと思います。
だからあなたは自分を責めたりしないでね。
あなたは幸せになっていいのよ」

カラカラと音を立てて、枯葉が足元を通り過ぎた。

「いや、自分も反省する点は沢山あります。
僕自身だけでなく、自分の親を見ていても思いますけど、
人間って年をとれば自動的に大人になれるってわけじゃ
ないんだなって思います。
失敗とか後悔を重ねて大人になっていくのかもしれないなって」

「そうですね」

「お母さんもどうぞご自分を責めないで下さい」

そう言うとレイナの母親は少し涙ぐんだ目で
「ありがとうございます」と答えた。

このタイミングでレイナの母親とこんな話をになるとは……。

まるでレイナが「もういいよ」と言ってくれているかのような。

生きているといろんな事がある。
時に心をえぐられるような傷になる事も。

レイナと俺は不幸な形で関係が終わった。
そして俺は一生レイナのことを忘れる事はないだろう。

でも、レイナの事があったから俺は奈美という女性を好きになった。

レイナが自分自身の存在を否定して生きていたのなら、
俺の中にレイナが生き続ける事によって、
レイナの存在を肯定することもできる。

だからレイナ、安心して眠ってくれ。

そしてレイナの母親にも救いがあるようにと願った。


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