第38話 <ほんとの気持ち>

文字数 1,795文字

《Side奈美》

パソコンの電源を落として、帰り支度をしていると、内線が鳴った。

「エントランスにお客様が来ています」

「誰だろう?」

下まで降りてみると、顔は帽子でよく見えない。
近づくとミクちゃんだと気がついた。

「どうしたの? こんな所に来て」

私が驚いて聞くと、

「話したいことがあります」

とミクちゃんは言った。

「とりあえずここだと何だから、外出ようか」

ミクちゃんを連れて、会社の隣の駐車場に行った。

何だろう?と少し身構えていると、
ミクちゃんが話を切り出した。

「この間、星野さんと二人で映画を見に行ったんです」

「え?」

二人で出かけたの、
なんでわざわざそんな事私に言うんだろう?

胸がキリキリ痛んだ。

「星野さん、ちょっとおかしくなってました。
たぶん、倉田さんのせいです」

「私?」

「単刀直入に聞きます。
星野さんの事、どう思ってますか?」

突然直球の質問に思わず怯んだ。

「どうって……ただの友達だよ」

「そうですか。
それじゃ、私本気で星野さんにアプローチかけようと思います」

「何で? 
わざわざ私に宣言する必要ないでしょう?」

精一杯の笑顔で答えた。

「本当にいいんですね?
私たち今まで何もなかったけど、今度は私、
そういうつもりで星野さんの家に行きますよ?」

うっと思わず胸が詰まった。

「ごめん、私まだ仕事あるから……」

これ以上聞いたら感情を抑えられそうになかった。

「倉田さん、本当はキツイんじゃないんですか? 私にとられたら。
この間星野さんちにも来てましたよね?」

図星をつかれて思わず口をつぐんだ。

「星野さん、倉田さんの事が好きなんですよ。 ずっと」

胸がドキンと大きく鳴った。

「でも、私もう彼と結婚することになったのよ」

「そうですか。
倉田さんがそうするなら私にとっては好都合ですけど」

「ミクちゃんは優にお似合いよ。
その方がミクちゃんのご家族も、優のお母さんも喜ぶでしょう?」

「うちの親と星野さんのお母さんは喜ぶかもしれないけど、
肝心の星野さんは望んでませんよ。
私が聞きたいのはそこじゃなくて、
倉田さんの気持ちはどうなのか聞きたいんです」

「わ、私は……」

と言いかけて言葉に詰まった。

私が大事なのは、悟史なのか優なのか……。

本当にわからなかった。

「倉田さん、正直になって下さいね。
じゃないと、星野さんが可哀想」

それだけ言うと、ミクちゃんは帽子を深くかぶり、
歩道に出て通りがかったタクシーを止め、車は走り去った。

その日はまっすぐ帰るのが嫌で、ふらっとバーに立ち寄った。
一人でこんな所に入るのは初めてだ。

「ねぇ、バーテンさん、
自分の本当の気持ちってどうしたらわかりますかね?」

カウンターで頭を抱え、思わず聞いていた。

「そうですね……自分の経験からすると、
本気の時って頭より先に体が反応しますよね。
例えば僕はこの店をやりたい!って思った時は、
もう不動産屋を訪ねて、経営の本を探して読んでましたね」

「ふうん……」

「好きな人に会う時や好きな事をしている時は、胸がわくわくする。
悲しい時は胸が痛いし、怖い時はドキドキする。
そういう自分の反応をきちんと見てあげたらいいかもしれないですね」

「体が反応する……か……」

悟史と別れた時は心がキリキリ痛んだし、
優にだって胸がきゅんとなったりする。

酔った頭で

「もうわからん……」

となげやりな気分で、店を後にした。

駅のホームに立ち、
「もう終電か……」と電車に乗り込むと、
座れるほどではなく、そこそこ人が乗っていた。

つり革につかまり、ぼーっと電車に揺られ、
何駅か過ぎた時にふと隣のドアの方を見ると、
ふわふわした茶色の頭が目に入った。
手には黒革に星のスタッズのパスケース。

「は!」

それが優だと認識した途端、ドアが開いて優は降りて行く。

「あ! ここ、祐天寺か!!」

ホームを歩いて行く優の後ろ姿を目で追いながら
「待って!!」と慌てて私もドアを目指した。

「すみません! すみません!」

と必死で人をかき分け、
思わず私も飛び降りて、優の後を追い、思わず腕を掴んだ。

「何!?」

優は驚いた様子で振り向いた。

「バカ! ここまだ祐天寺だぞ! これ終電だ!」

私は「あぁ……」と電車を振り向いてオタオタしていたが、
プシューという音をたててドアは閉まった。

「おまえ……」

呆れた顔で私を見た。

「だって、だって今つかまえなかったら、
もう会えない気がしたから……」

必死な顔で訴えると優は軽くため息をついて

「うち来るか?」と言った。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み