第6話 <初仕事の打ち合わせ>

文字数 1,408文字

《Side奈美》

優……
よっぽど驚いたのかすっかり固まってしまっている……。

「びっくりさせて悪いな! 星野。
倉田ちゃんが驚かそうって言うもんだから……」

安達さんが申し訳なさそうに言った。

「元気だった? カメラマンになってたなんて驚いたよ!」

そう言うと

「奈……倉田さんも広告業界に戻ってたんですね?」

とぎこちなく答えた。

「うん、前とは別の会社だけどね」

そう言いながら改めて優を見た。

優……、ちょっと大人っぽくなったかな?
でもふわふわの茶色の髪の毛と長いまつげはあの時のまま。

「で、早速で申し訳ないけど今回の内容って……」

安達さんが仕事の話を始めたので、
私も仕事モードに思考を切り替えた。

「まだ詳しい事はこれからなんですけど、
ひとまず修善寺にロケハンに行こうかと思ってます。
もし可能でしたらご同行願いたいのですが……」

安達さんはちらっと優の方を見て、

「ロケハンならお前だけで行けるだろう」

と言った。

「そうですね」

と優は答えた。

「最短で再来週の土曜日が空いてますが、
そちらのスケジュールはどうですか?」

私が言うと、

「こちらも大丈夫です」

と、優はタブレットを見ながら言った。

「それじゃ、その日にしましょう。
当日はレンタカーを借りて回りましょうかね?」

私がそう言うと安達さんが

「予算少ないんでしょう?
良かったら俺の車貸すから使っていいよ」

と言ってくれた。

なんとなく安達さんも一緒に来るかと思っていたけど、
今回は優と二人だけでロケハンか……。

二人で遠出なんて変な感じもしたけど、
モロッコを一緒に旅した仲だし、それに優の初仕事、
私と二人の方がリラックスできるかな……?

ざっと打ち合わせを済ませ、
ぼちぼちおいとましようとした時、
安達さんが「あ、ちょっと待って!」と
一枚のチラシを持って来た。

「今週末青山で個展をやるんだけど、もし良かったら来てよ。
コピーライターの村井ちゃんでも誘ってさ」

「へぇ~」

私は手元のチラシを眺めた。

「こいつの写真もちょっとだけ展示するんだ。 
ぜひ見てやって!」

「そうなの? それじゃ行くよ!」

私が言うと

「ありがとうございます」

と最後まで他人行儀な感じで優は言った。

事務所を出て駅まで歩いていると、優が後を追いかけて来た。

「ちょっと! どう言う事! 俺に仕事の依頼なんて!」

「どうって、私も優の作品集を見たんだよ。
うちの会社にも届いてた」

すると優の表情が一瞬曇った。

「それってこないだの事に同情して?」

私はやれやれと小さく息を吐いて言った。

「同情なんかで仕事は依頼できないよ。
私は優の写真を見て『いける』って思ったから頼んだだけ。
まぁ、正直言うと予算があまりなかったからって言うのもあるけど……。
でも、優の写真で広告を作りたいって思ったんだよ」

「それってほんと?」

モロッコでは見せた事のない子供みたいな表情で優は言った。

「ほんとほんと」

私は笑って言った。

「こないだみたいな事はね、駆け出しの頃はよくある事だよ」

「奈美もああいう事あった?」

「あったあった! あったなんてもんじゃないよ!
何度涙で枕を濡らしたことか!」

と私は笑った。

「優は私なんかより全然しっかりしてるし大丈夫だよ」

そう続けると、優も少し笑った。

「ロケハン、よろしくね」

私が言うと

「こっちこそよろしくお願いします」

と優は頭を下げた。

「あ、その前にギャラリー、待ってる」

ぱっと顔を上げて優が言い

「うん、楽しみにしてる」

と私が言うと優は嬉しそうに笑った。


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