第3話 <スイーツ>

文字数 782文字

《Side優》

見習いは仕事が終わってからが自分の勉強の時間だ。

今日も一人事務所に残って、作業をした。

この間、師匠の安達さんに
「そろそろ売り込みをかけてみたらどうか」と言われて
自分の作品集ファイルを作り、それを関係各社に配ったのだが、
未だ反応はない。

「まぁ焦るな。 そんなにすぐに依頼が来る訳じゃない」

安達さんはそう言ったが、
果たして俺の作品は誰かに認められるのだろうか?

逸る気持ちを振り払うように頭を振って、
俺は戸締りをして事務所を後にした。

帰りはいつも終電間際。

東横線の車内は甘ったるいような
アルコールの匂いが立ち込めていた。

ふと、視線を感じ目を向けると、
向かいに立っている巻き髪の女がチラチラとこちらを見ていた。

甘い物が好きそうなその目。

女って甘いものが好きだよな。

「ねぇ、あたしのこと好き?」

そう言って甘いものをねだるんだ。

その度に俺は
「好きだよ」とか、
「愛してる」とか、とびきりのスイーツを与えた。

そう言ってきたやつらに
好きとか愛してるなんてひとつも思った事なかったけど。

でもそういう言葉を吐けば、
みんな満足そうにぶくぶくと己の幸せとやらを膨らませていった。

それで良いって思ってた。

取っ替え引っ替え女の子にスイーツをばらまいて、
みんな幸せならそれでいいじゃないかって。

レイナの事があるまでは……。

すると突然胸の苦しさを覚えた。

「やばい、まただ…」

息を吸わなきゃと焦るのと同時に鼓動が激しくなる。

はっはっと、乱れた呼吸を立て直そうとした時、
電車は祐天寺に到着した。

慌てて降りて外の空気を吸うと、
大事に至らずに、呼吸は落ち着きを取り戻した。

レイナ……。

あの絶望的な目が時々俺を襲う。

俺が追い込んでしまった。

俺がもっと人の気持ちを思いやれる人間だったら、
あんな事にはならなかったかもしれないのに……。

とりかえしのつかない過去。

俺は一生あの目から逃れられないのか?


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