第7話 <ギャラリーにて>

文字数 1,441文字

《Side優》

久しぶりに母さんに「用事があるの」と呼び出され、
俺は実家に顔を出した。

「何それ? 見合いって事?」

ご丁寧にソーサーに乗せられたティーカップを手に、
俺は母さんを見た。

「そんな堅苦しいものじゃないのよ。
ちょっと会ってみたら?って思って。
とても素敵なお嬢さんなのよ」

「そんな用事だったら帰るけど」

ソファから立ち上がろうとすると、

「優! 何が不満なの!?
あれだけ頑張って内定貰った会社も蹴って!
ふらっと旅に出て一ヶ月以上帰って来ないと思ったら、
今度は家を飛び出して一人暮らし。
それにその髪色! いつまでそんな頭してるの?!」

俺は何も答えずに母さんを見つめた。

「手塚製薬の人事部長の娘さんでね、
上手くすれば会社に入れてもらえるかもしれないのよ。
いつまでも不安定なカメラマンなんてやってないで、
いい加減地に足つけてちゃんとなさい!」 

「それは……誰のため?」

俺は母さんに尋ねた。

「もちろんあなたのためよ!」

母さんは真顔で言った。

「帰る」

俺はリビングを出ると

「今日も泊まって行かないの?」

と母さんは眉をひそめて言った。

母さんの悲しそうな顔は俺が俺でいる事をぐらつかせる。

俺は母さんから目をそらして

「帰る」

と繰り返した。

母さんは、ふぅーっとため息をついて、

「待って、これ持って行きなさい」

と、パタパタとキッチンに向かい、
タッパーに入れた惣菜の入った紙袋を俺に渡すと、
「ちゃんと食べなさいよ」と付け加えた。

俺は紙袋を手に「それじゃ」と玄関を出た。

母さんを一人にしてしまっている罪悪感。

平気な訳ではない。

仕事で海外を飛び回って留守がちな父さん。
いつも一人でこの家に残されて、
そんな母さんにとって俺だけが生きがいだって事、
わからない訳じゃない。

でも母さん、気づいて欲しい。

俺が思う幸せは母さんの思う幸せと違うし、
俺は母さんの穴を埋めるための要員じゃないんだ。

夜の住宅街はしんと静まり返って、
遠くに小杉タワーの灯りが見えた。

週末、安達さんの個展にはいろんな人がやってきて、
俺も対応に追われていた。

すると「優!」と声がして、
振り返ると奈美がこちらに歩いて来るのが見えた。

「あ!」と手を上げようとした時に、
奈美と一緒に女性ともう一人男性の姿もあった。

「えっと、こちら例の温泉化粧品プロジェクトで
コピーライター担当の村井夏樹さんと、
前の会社で担当していたクライアントの円城寺悟史さん」

奈美が二人を紹介し、

「よろしくお願いします」

と俺は軽く会釈した。

すると村井さんが突っ込んだ。

「元クライアントっていうか彼氏でしょ!」

「え……?」

そうか、悟史ってこの人……。

よりを戻していたのか……。

胸のあたりがざわざわした。

「君が星の王子! よく話は聞かされてたよ!」

と円城寺さんが笑って言い、奈美は

「わー! それ言っちゃダメなやつ!」

と慌てた。

「星の王子?」

「何その話」

俺と村井さんが不思議そうに聞くと、奈美は恥ずかしそうに

「優に最初に会った時に思ったの。
だってそのふわふわした髪の毛と色白な感じが
星の王子さまっぽかったから。
出会ったのもサハラ砂漠だったし」

「へぇ、俺のことそんな風に見てたんだ」

とニヤニヤして言ったら睨まれた。

「悟史! 余計な事言って!」

そう言って奈美は円城寺さんに軽くパンチをした。

仲良くやってるんだな。

二人が楽しげに話している姿を見て、
自分はちょっと遠くに追いやられた気がした。

円城寺さんは奈美に「自分の世界を見つけなさい」と諭した人。
しっかりとした大人の男。

己の青臭さが不甲斐なく思えた。


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