第40話 恋愛のルールを知っているだけでは意味がありません

文字数 1,700文字

『彼に大切にされたければ、こちらから告白してはいけません』
 わたしはベッドのヘッドボードにもたれて、手帳をめくった。学生時代から毎晩のようにめくり続けているため紙はやわらかく毛羽立ち、綿のように指に馴染む。
『なぜなら、男性の恋の芽は「彼女はおれのことを好きなのだろうか?」と思い悩むことで育つから』
 彼の中にうまれた恋の芽を育てたければ、こちらから告白をして芽を摘み取るような行為をしてはいけない。
 これはわたしが男性の本質を考え続けて生み出した大切なルールのひとつだった。
 恋愛において、男性に大切にされる女性と、大切にされない女性の違いは、見た目ではない。   
 女性側のふるまいが男性の本能を満たすかどうか、それに尽きるとわたしは考えてきた。美人な女性でも彼氏に粗末に扱われることもあるし、外観には恵まれなかった女性でも男性に大切にされている女性はたくさんいるから。だから男性に大切にされるためには、男性の本質を理解する必要があって、男性という生き物はなにかを強要されると抵抗するという本質を理解することが大事なのだ。
 男児は「このおもちゃで遊びなさい!」と言われて渡された遊具は投げ捨てて壊してしまうけれど、自分で苦労して手に入れた遊具は宝物のように大切に扱うもの。
 だから、『彼に大切にされたければ、こちらから告白されてはいけません』
 これはとても大切なルールだった。
 それなのに、このルールにわたしは違反してしまった。今回。いや、ウルフに関してはずっと違反の連続投球状態だった。
 好きじゃない男性に対しては意志しなくても厳守できているルールを、好きな男性に対しては守れなくなる。それが恋に溺れた女性なのだ。

 サイドボードから赤ペンを取り、開いていたページに大きくバツを付けて、ページをめくった。そこに書かれたルールをみてまた大きなため息をついた。
『簡単に体を許してはいけません。一度誘われたら、まずは断りましょう』
バツ
『3回目のデートまではキスしてはいけません』
これも、バツ
『彼をうっとりと見つめてはいけません』
つぎのルールもバツ
『彼を家に上げてはいけません。一人暮らしの部屋を無料ラブホテルにしてはいけません』
そのつぎのルールもバツ
そのつぎも、そのつぎも、バツ 
バツ
バツ
 手帳のすべてのページが赤いバツ印で埋められた。
 そう。わたしはウルフに対してはほとんどすべてのルールに違反していたのだった。自分で自分のために作ったルールのほとんどすべてに違反していたなんて、ルールを作った意味がないじゃないの。恋されなくて当然。大切にされなくて当然だ。
 わたしってバカ。ほんとにバカ。バカバカバカ。
 どんなに素晴らしい知性をもっていても、どんなに高いIQをもっていても、男性の本質や恋愛の法則を知っていても、それを実践できなければ、知らないのと同じだ。知性も、IQも、もっていないものと同じ。打ち出の小槌をもっていても、使わなければ意味がないのと同じなのだ。
 わたしってば、ほんとに、バカ。
 学生時代から人よりも100倍以上の時間を費やして本を読み、英語やフランス語の論文まで読み、男性の本質を学んで自ら作り出した恋愛のルールが、もし男性の本質に合っていて、ルール違反すれば粗末にされるはずで、そのとおりの結果になった。ということは、これらのルールは真実に近かったという証拠だ。そして、思ったとおりの結末を迎えた。
 愛のない性行為という女性にとって最悪な結末だった。
 愛してるよの言葉も、未来の約束も指輪も、ロマンチックな花束もなにもない、ただの性欲のはけ口。ゴミ箱という穴になっただけだった。
 互いの性欲をぶつけ合っただけだった。
 「溺愛」とは程遠い関係。
 この結末を導いたのは、わたし自身だった。
 すべては、わたし自身の選択による結果なのだ。
 わたしはスマホを取り出して、ウルフの電話番号とメアドを削除した。その勢いで、電話とメールの受信を拒否設定にした。
 それから、黒ペンを手にして手帳の新しいページを開いた。
 そして、大きな文字で書き込んだ。
 『もし彼に偶然会っても、彼を無視すること』 

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登場人物紹介

ウルフ 

男。大学三年生。リリィがひと目ぼれした相手。

リリィ 

女。大学四年生。このお話の主人公。

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