大切なお客様 2
文字数 2,217文字
「律くんもなんか飲んでよ」
「じゃあカクテルいただきますね」
「レオくんもね」
「いただきま~す。ありがとうございま~す」
スタッフに注文すると、客が少ないからかすぐに運ばれてくる。みんなで乾杯し、口をつけた。レオが一番に口を開く。
「えーっとぉ、律さんとはお知り合いなんですか? お店に来られるのは初めてですよねぇ」
「そうよぉ」
ふくよかなおネエさんが答える。
「行きつけのカフェでね。私が口説いたの」
「マジですか? やるぅ!」
「でっしょ~。そしたら幻のナンバーワンだって言うじゃない? そんな男みすみす逃すわけにはいかないでしょ?」
律が満面の笑みを浮かべ、穏やかに返す。
「まさか本当に来てくださるとは思わなかったのでうれしいです。あのときはお二人して俺のことからかってるんじゃないかと」
「ま、やあねぇ」
ふくよかな女性が子どもをなだめるように、律の太ももをなでる。
「こないださ、あたしら気づかなかったんだけど、律くんがあたしらのぶんも払ってくれてたんでしょ?」
細めのおネエさんもうんうんと続けた。
「そんなことされたら絶対お店に行ってあげなきゃってなるじゃない?」
ねー、と二人は声を合わせる。
「ありがとうございます。今度はぜひ、俺がおふたりのお店にお邪魔させてください」
「あー、だめだめだめ!」
「よくないよくない!」
二人とも全力で手を振った。
「あたしらみたいな化け物が集まってんのよ?」
「何されるかわかったもんじゃないわ。律くんなんてもみくちゃにされるだけよ」
律の卓席は盛り上がる。酒やけ混じりの独特な声はよく通った。客の少ないフロア中に声が響くほどだ。
「ちょっとさあ、せっかくだしシャンパンおろしてもいい? ポンパドールかカフェドパリ。安酒でごめんだけどさ~」
「構いませんよ。むしろありがたいです。その二つだったら飲みやすいので」
「じゃあカフェドパリのライチでい~い?」
ポンパドールもカフェドパリも、飲み屋で頼むシャンパンの中ではリーズナブルだ。どのお店でも一万円台で出されている。このくらいの価格だとコールは行われない。
スタッフがボトルを持ってきて、四人分のグラスに注いでいく。改めて乾杯し、飲み進めていった。
話が盛り上がり、ちょうどボトルをみんなで飲み切ったころ、スタッフがセット時間の終了を伝える。
「も~、楽しい時間ってあっという間ね」
「あたしらもこれから仕事だし、もう出なきゃ」
スタッフが会計用のトレーを持ってくると、二人は指定の額をのせた。ニューハーフバーのの名前で領収書をきる。
スタッフが去ると、満足げな声を出した。
「あ~イケメン摂取して元気出たわ。安酒しか飲まなくてごめんねぇ」
「そんなこと気になさらないでください」
ふくよかなおネエさんが、律の手を取ってなでる。
「絶対にまた来るから。今日みたいに人が少ないときに」
「はい、ぜひ。じゃあ、連絡先交換しましょう。今日みたいなことが二度と起こらないように」
一時間という短い時間だったが、その頃にはもう、二人とも店に文句をつけることはなくなっていた。
会計が終わるとお見送りだ。
律とレオは、二人が店を出て階段をのぼり切るまで付き添う。これから職場へ向かう二人を、手を振って見送った。人ごみにまぎれて姿が見えなくなったころに、階段をおりていく。
「いやー、楽しかったっすね」
ケラケラと笑うレオに、律は不愛想な声で返した。
「俺たちが楽しませる側なんだけどな」
「おう……手厳しい」
「ま、レオはよくやってくれてたよ」
店に戻った二人のもとに、店長が駆け付ける。
「律の知り合いだったのか?」
「うん」
律は厨房へと足を進める。勝手に休憩に入ろうとしていた。
「あ、俺も休憩いいすか?」
図々しく頼むレオに、店長はため息をついてうなずく。律を追うレオと一緒に進んだ。
「すまなかったな、律。同性の客だと嫌がるホストも多いから、なかなか座らせることもできなかったんだ」
「ゲイ相手ならそんなに難しいことじゃないだろ。女性に対する接客と同じだよ」
レオがふざけるように「そうだそうだー」と合の手を入れる。
「そう思わないやつもいんだよ。なにしゃべればいいかわかんねえってやつがさ」
厨房に足を踏みいれた律は、振り返る。
「まあ、今後気を付ければいいんじゃない?」
ジャケットの内側から黒いスマホを取りだし、画面を点ける。さきほどの二人から、もうメッセージがきていた。通知に表示されたメッセージを一瞬で読み、視線を店長に戻す。
「なんとか楽しんでくれたみたいだよ。でも気を遣わせたかもね。しゃべらせすぎちゃったのは否定できない。ちゃんと今からフォローしとく」
「……ほんと、よくやってくれるよ、おまえは」
店長が
視線を感じた律は立ち止まり、顔を上げる。流しの横にいた
グラスの水をあおり、意地悪く鼻を鳴らす。
「ナンバーワンも大変っすね。あんなのまで相手にしなきゃいけないんすから」
律の表情はまったく変わらない。言い返すこともしなかった。
拓海はグラスを流しに置き、二人の横を抜けて厨房を出ていく。幻滅した表情を浮かべるレオが、苦々しい声を出した。
「う~わ。ああいうこと言っちゃうんだ」
「あんまりかまうなよ。おんなじように見られたくないだろ」
律はスマホ片手に奥へ、メッセージの返信に集中した。