不動のナンバーワン 2
文字数 1,755文字
「でも」
「俺は、枕をしないけど、寂しい思いをさせちゃうとそれも信じられなくなっちゃうだろうし」
「そんな、こと……」
真摯な律に対し、女性がはっきりと否定することはできなかった。律は責めることなく、眉尻を下げて笑う。
「俺はね、ユウちゃんが大事だよ。毎日ちゃんと社会に出てがんばるユウちゃんが大好きなんだ。俺の存在が少しでもユウちゃんの支えになれているなら、それだけで嬉しいよ」
「うん……でも、私も律くんのためにできることがあるなら」
「俺は……俺のせいで、ユウちゃんの生活が壊れるなんてこと、あってほしくないんだ」
律の笑みは穏やかで、やわらかい。女性のすべてを受け入れ、包み込んでいた。
「すごく好きだからこそ、ユウちゃんは自分のことを大事にしてほしいって思ってる。恋人として付き合うとしたら、そうだな……」
考えるように目を伏せる。やがて、輝かしい笑みを女性に向けた。
「ホストを辞めたとき、かな」
†
繁華街の地下にある老舗の高級ホストクラブ、「
この日は締め日。月の指名本数、売上金額が確定する日だ。
営業終了後、この店を象徴する豪勢なシャンデリアの下にホストたちが集まってくる。シャンデリアを囲うようU字型に設置されたソファ席に、全員が腰を下ろした。
席の出入口に店長が立ち、ソファ席に座る全員を見渡す。髪を後ろに流したコワモテの店長は、売り上げ順位を口頭でたんたんと発表していった。
名前を呼ばれたものはさまざまな反応をしながらお礼を言い、他のホストが拍手でたたえる。
「一位は、売り上げ千五百万オーバー。律」
ホストたちの拍手に、律は軽く会釈する。女性を前にしたときのような愛想はなく、コメントもない。
「あいつ毎月毎月バケモンかよ」
「アフターも枕もナシでどうやって金とってんだっつの」
下の順位にいる幹部の言葉に、耳を貸すことはなかった。スラックスに手を突っ込み、気だるげに目を伏せる。
「じゃあ、今日は解散。来月もまたがんばれよ!」
店長の声で、ホストたちは散りぢりになる。アフターの予定がある幹部は店を出ていった。幹部以外のホストは私服に着替え、掃除だ。
ナンバーワンの律は、幹部でもなくその他でもなかった。
店での肩書きは、
幹部と同程度の売り上げをたたき出すことだけが条件だ。雑用はすべて免除。遅刻や欠勤、イベントの不参加など、わがままが許される特別な存在だった。
当然、このあと店で律がすることはなにもない。席を抜け、そのまま店の出入口へと向かう。レジカウンターの手前にさしかかったとき、背後から店長の声が聞こえた。
「
足を止め、振り返る。
売り上げ四位だった副主任の千隼が、店長と一緒にフロアを横切っていた。
「アフターNGでランカー入れるのは律と千隼くらいじゃないか」
「ありがたいことです。ウチに来てくれるお客さんと相性がいいんでしょうね」
「何言ってんだ。おまえの実力だよ。律とは違って幹部の仕事もちゃんとやってくれるし、いつも助かってんだ」
千隼は、ホストにしては落ち着いた容姿をしていた。清潔感のあるサラリーマンといった印象だ。
律とは違い黒髪で、アクセサリーはブランド物の時計のみ。よく言えば純朴、悪く言えば地味。
ホールを抜け、地下から地上に、階段をのぼっていく。目の前に広がる繁華街のネオンはまだ光っており、毒々しい。
「あ、おにーさん、ひとり~? 一緒に遊ぼうよ~」
キレイに着飾った女性が、酔っぱらいながら声をかけてくる。律は無視して先を急いだ。
「お兄さんちょっといいですか~?」
律に話しかけてくるのは女性だけではない。
「仕事帰り? ホストやってるよね? どこのお店? 稼げてる? もしかして幹部だったりする?」
律は見向きもせず立ち去っていく。
枕もせず、アフターもせず、売り上げ指名数ともに毎回トップ。それなのに、顔を出して売り出すことはしていない。店の宣伝にもかかわらない。
トッププレイヤーとして律の名前を知る者は多くても、顔を知る者は決して多くはなかった。