社長の立場では惜しまず
文字数 2,270文字
都心から少し離れた、高級住宅街のかたすみ。とにかく静かで、治安がいい。
温かみのあるアイボリーのマンションは目立たない。夜になれば照明がついて輝かしくなるものの、それは他のマンションも一緒だ。
マンションの前で停まったタクシーから、律が降りた。静かに走り去るタクシーを背に、カギを差し込んでエントランスに入る。
エレベーターに向かうと、ちょうどドアが開いていた。男女二人が乗っており、律が乗るのを待っている。
乗り込むと、男性がボタンを押して扉を閉めた。律を見て、へらりと笑う。
「お疲れさまで~す」
「ん、お疲れ」
黒スーツに白手袋で、年齢は律とそう変わらない。前髪に走る金色メッシュが黒髪に映えている。
ミズキの視線が、律の後ろにひかえていた女性に移った。
「この人、ウチの社長なんです」
「あ、お疲れさまです」
律が顔を向けると、女性は礼儀正しく頭を下げた。控えめで上品な顔立ちをしており、律やミズキより年上だ。白いブラウスに黒いロングスカートが、しっかりとした印象を引き立たせていた。
その振る舞いと雰囲気に、律は新人女性だと気付く。
「もしかして、カナさんですか?」
仮プロフィールに載せられていた写真のとおり、スレンダーで真面目そうな女性だ。
カナがうなずくと、律は女性にしか見せない営業スマイルを浮かべる。
「未経験なんですよね? 不安なことはありませんか? スタッフは頼りになってます?」
「あ、はい。大丈夫です」
「なにかあれば言ってくださいね、気兼ねせず」
カナの反応はぎこちない。硬い笑みを浮かべて会釈する。金髪で若い男が社長だと紹介されれば、警戒するのも当然だ。
エレベーターは事務所のある階につく。降りた直後、ミズキがカナに声をかけた。
「じゃあ、カナさん。待機はこのフロアの一番奥なんで」
「あ、はい……」
言われたとおり、律とミズキに背を向けて、奥に向かっていく。
待機室に入ったのを確認した律は、声を潜めて尋ねた。
「カナさん、どんな感じ?」
「え?」
ミズキも同じくらいの声量で返す。
「あー……静かな人ですよ。愚痴一つ言わないですね。他の女の子ともしゃべらないんじゃないかな」
律は、先ほどのカナを思い出しながら上を向く。そのとなりで、ミズキはあっけらかんと続けた。
「未経験者だし、まだ慣れてないからぎこちない部分もあるのが普通ですよ。心配な部分もありますけど、こればかりはようす見していくしかないすね」
「……だね」
律はミズキと一緒に、エレベーターに一番近い角部屋へと入っていった。
†
事務所のデスクに座る律は、ノートパソコンの画面を見つめていた。
画面に表示されているのは、熟女デリヘル「
写真は、プロのカメラマンが撮影したものに差し替えられていた。体の細さを強調させるポージングで、中には下着姿になっているものもある。
「カナさんの人気はどんな感じ?」
ななめどなりのデスクに座る
「え~っと、カナさんは、新人ブーストかかって予約全部埋まってますね。はやくもリピついてます」
「ん、まあ、好きな人には、はまるタイプだもんな」
優希が作業の手を止め、律に視線を向けた。
「カナさんのこと気になるんですか?」
「まあ、ちょっとね」
律はカナのプロフィール画面を下に移動させていく。表れたのは、女性が出すブログだ。出勤報告とお礼の日記を毎日かかさず出している。
「カナさんかぁ。確かに、大変そうに見えますね」
ひかえめな優希の声に、顔を向けた。
「ほんとうは、真面目にOLやってたほうがいいタイプなんだと思います。いろんな人の相手をするのは慣れないみたいで。帰るころには疲れすぎて顔色変わっちゃってるんですって」
「そうだろうね。繊細な性格っぽいし」
「詳しくはわかりませんけど、どうしてもお金を稼がないといけないみたいですよ。オプションもNGないみたいですし」
律はプロフィール画面に視線を戻す。優希の言うとおり、確かにオプション項目には、すべてに〇がつけられていた。
「稼ぐために無理してるんじゃない? オプションは必ずしも強制じゃないってのは伝えてあんの?」
「はい。メイコさんがちゃんと説明してました」
律は画面を見すえ、口元に握りこぶしを添える。
「飛ぶとかはないだろうけど、ちょっとようす見といてくれる? 俺だと見た目のせいで信用されてないみたいだから」
「それは俺たちも一緒っすよ」
優希が苦笑する。
「なんか、壁作ってる感じあるんすよね、カナさん」
「でもこのままじゃパンクする。カナさんには気を遣うよう他のスタッフにも言っといて。特に女性スタッフね」
「了解です!」
「それと……カナさんの指導をしたのは誰? メイコさん?」
「あ、いえ」
優希が答える前に、律がキーボードを操作する。画面に出たのは、女性の個人情報を管理するページだ。
カナのページを開くと、個人情報の下にメモが記されていた。
「ああ、夏妃さんなんだ。そうかそうか……」
ジャケットから白いスマホを取りだし、文字を打ち始める。画面を見る律の顔は真剣だ。
デスクの上に置いてある携帯電話が鳴った。優希がすぐに取って出る。
「はい。
今日も