残された選択肢 2
文字数 1,691文字
花音は千隼を気にすることなく明るい声を放つ。
「夜のお仕事なら、そろそろ出勤なんじゃないですか。お仕事に、行かなくて大丈夫なんですか?」
「ああ……今日は休みをとってるんです。彼女のために」
「え、彼女さんがいらっしゃるんですか?」
律は花音のペースに巻き込まれることなく、冷静に返した。
「はい。長いこと付き合ってるんです。いつも週末の夜は寂しい思いをさせてるんで、今日は休みを取って一緒に食事でもしようかと」
「わぁっ。いいですねぇ。彼女さん絶対喜びますよ~」
明るくふるまう花音。青い顔で反応できない千隼。
このくらいで、十分だ。
二人の顔を交互に見て、律は頭を下げる。
「じゃあ、お二人の邪魔をするのも悪いですし、俺はこのへんで」
「はい! 律さんもデート楽しんでくださいね」
満面の笑みで手を振る花音に背を向け、律は退却した。
†
千隼と花音は、高級繁華街を練り歩く。品のいい女性や着物姿の女性、千隼と同じようなスーツ姿の男性と何度もすれ違った。
夜の経験をそこそこ積んだ千隼は、クラブやバーに出勤する女性や、そこに向かう男性を見抜けるようになっている。
自分ももしかしたら、夜の人間として見えているのではないか。
花音と一緒に歩いているあいだ、ずっと不安がぬぐえない。
――息苦しい。
「そういえばさぁ、こないだ言ってたアフタヌーンティーの場所予約してくれた?」
「え? ああ、まだ」
「ええ? してって言ったじゃん!」
先ほどまでとは違い、強気な口調で花音は言う。
「も~、なんか最近ぼーっとしてること多いんじゃない?」
「……大丈夫だよ。今度の日曜じゃなくても別の日に予約いれればいいんだし」
「わたしは今度の休みに行きたかったの~」
花音の小言に、千隼はほほ笑みながら応じる。その心の内では、律が別れ際に何も言わなかったことがひっかかっていた。
会うだけ会って、花音に関する意見が何もなかったのだ。これでは自分がどうすればいいのか、判断のしようがない。
考え事で気を取られる千隼に、花音はまだ続けていた。
「仕事が忙しいのはわかるけどさ、私と会ってるときくらいそういうのはナシ! 一緒に楽しまなきゃ。大体さぁ、さっきだって……」
それ以上は続かなかった。二人の先にある店が目にとまり、花音の表情はぱあっと明るくなる。
「うわあ……」
花音は小走りで店に駆け寄った。千隼がゆっくりと追う。
花音が立ち止まったそこにあるのは、だれもがきいたことのあるブランドのドレスショップだ。
ショーウィンドウにならんだ真っ白なドレスたちを、花音は食い入るように眺め見る。
「いいなあ~、ステキ~」
花音は口の前で手を合わせ、しみじみと続ける。
「わたしもいつか結婚してお姫様みたいなドレスを着るの。せっかく着るんだからハイクラスのドレスじゃないとね。指輪もリファニーとかアリーフィンストンとかがいいな~。結婚するって女の子の人生で大事なイベントだからさ」
花音は、もとから結婚願望が強い。このように直接迫られるのは、今に始まったことではなかった。
そんな彼女だからこそ、千隼は自分との将来を考えてくれていると、信じて疑わなかった。
「婚約指輪も結婚指輪もプラチナがよくって、結婚式も和と洋で二回挙げるの~」
花音の笑顔も振る舞いも、輝かしくてかわいらしい。そこにいるだけで、周りを明るい気分にさせる。昔から、言い寄ってくる男性も多い。
たまにでる高飛車な言動も、わがままも、強引な言動も許せるくらいには魅力的だった。花音のすべてが、いとおしくてしかたがなかった。
「花音がウエディングドレスを着たら、きれいだろうね」
「……ほーんと、いつになったら着せてくれるんだろ」
かわいらしくはにかんだ花音は、千隼の腕に抱き着いた。二人で笑いあいながら、歩き出す。
幸せな一幕。それでも、千隼の中にある不安は消えてくれない。
千隼は、気付いてしまった。最後の最後で、律は選択の余地を残してくれたのだと。千隼自身で、決断ができるように。
いい加減、腹をくくらなければならない。
もう、逃げ続けるわけにはいかない。