トップのプライド 1
文字数 2,025文字
「おはよう」
夕方の
シャンデリアを囲むソファに腰を下ろす律は、おかしいくらいにいつもどおりだ。
背もたれにのしかかり、足を組む。昨日殴られたことなどなかったかのように、黒いスマホで女性たちと連絡を取り合っていた。
青くなっていたはずの額のあざは、コンシーラーとファンデーションを重ね、極限まで見えないようにしている。
「バカかおめぇ! 今日は休め!」
身を乗り出した店長の大声に、律はスマホを見ながら声を張る。
「大丈夫! 傷は目立たないようにしたから」
「そういう問題じゃねえだろ」
頭を抱えながら座りなおす店長。同じ卓席にいる
「昨日はびっくりしましたね~。律さんでもああいうことされちゃうんだぁ、意外だなぁ」
これ見よがしな言い方に、となりに座る志乃がたしなめようとする。が、律も笑みを浮かべて言い返した。
「明日は我が身、だよ、拓海くん」
スマホをジャケットの内に戻して立ち上がり、拓海に体を向ける。最近売り上げが伸びていることもあり、拓海も余裕のある顔で律を見返していた。
律は店長に視線を移す。
「そうそう、今日同伴するから。じゃ、また」
他のホストなど眼中にないとばかりに、出入口へ向かう。その後ろ姿に、役職ホストはそれぞれため息をついた。
「なんだ、あいつ。自由すぎるだろ」
「俺ならこれ見よがしに休むけどね」
いつもどおり店が営業を始めると、じょじょに女性が入り始める。しばらくして、律が年上の女性に腕を組まれながら戻ってきた。
いつもどおりの接客に、笑顔。その姿に、案の定他のホストたちも目を丸くする。女性を席に通したあと、トイレに向かう律にレオが近づいた。
「あの、律さん大丈夫なんすか?」
ひっそりと尋ねたレオに、不愛想な顔を向ける。
「なにが?」
「いやだって昨日……」
「大丈夫だよ。大げさだな」
あしらっていると、今度は志乃が顔をゆがめて近づいてきた。
「はあ~? バカじゃん? こういうときこそ休めっての。そしたら今日の売り上げは俺が一位なのに~」
「ラスソンは毎日ゆずってやってるだろ」
「一位と二位じゃ重みがちげえんだよっ」
席についたたとたん、眉尻を下げた女性に心配された。
「律、あんたほんとうに大丈夫なの? 無理はしないでいいからね」
ボブヘアで真っ赤なリップ。色気の強い奇麗な女性が、律の金髪に触れる。
「も~……あのくそ女、ほんとに許せない。顔に傷残ったらどうしてくれんのよ、ほんとに……」
女性は昨日も店にいた。律がケガをする一部始終を目撃している。
「カレンさんが心配するようなことじゃないよ」
「心配するに決まってるじゃない! あたしの席に戻ってきてくれたらよかったのに」
「一応指名されてたから、難しかったんだよね。それに、いつも仕事が大変なカレンさんに愚痴ってしまいそうで嫌だったんだ。弱ってる姿、カレンさんには見せたくないし」
「律~、あんたって子は……。私はそんなに頼りないわけ~?」
「違う違う、負担になりたくないだけだよ。で、何飲む?」
にこやかな律に、女性は複雑な表情を浮かべる。
「頼んであげたいけど、今日はやめておこうかなぁ」
心中を察した律は、あえて大げさに残念がった。
「え~、そんな~……」
「だって、痛みがひどくなるかもしれないでしょ? 病院も行ってないみたいだし。大事はなさそうだけど……」
女性のとなりで、律はわざとらしく目元をこするしぐさをした。
「うう……今月の売り上げ、志乃くんに追い抜かれちゃうよぉ。あいつ俺のこと蹴落とそうとしてるよ~」
もちろん演技だと気づかれている。女性はあきれたように息をついた。
「しょうがないなぁ。まあ、昨日いれるつもりだったのになんだかんだできなかったからね。……あ、じゃあ飾り入れてあげる。昨日使うはずだったエンジェルぶん。律が無理して飲まなくてもいいようにね」
律は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、カレンさん。今日一緒にいてくれるのがカレンさんでよかった」
あまりにも輝かしい笑みに、女性は思わずにやけている。
「う~ん、仕事だってわかっててもうれしい」
その卓は、ハート形のボトルと、本をモチーフにしたボトルで飾られる。二人がそれらに手を付けることはない。ノンアルコールの甘いカクテルを飲みながら、和やかな時間を過ごしていた。
しばらくして、スタッフが律を呼びに来る。
「あ、律! 行ってもいいけどお酒は絶対ダメだからね!」
「もー、わかってるよ~」
「すぐに戻ってくるのよ!」
女性に見送られながら、ヘルプと交代する。
律はこの日も積極的に働いた。指名の客が来店するうえで、初回の客にも接客する。休憩する暇はない。