人は変化していく 1

文字数 2,035文字




「新人には大体ヘルプをやってもらうんだけど、ヘルプは指名したホストが席を抜けているときのツナギで……」

 客がにぎわう週末のAquarius(アクエリアス)。卓席の間を千隼と新人のホストが進む。新人に小さく耳打ちしていた。

「あくまでヘルプだからそんなに気取らなくていいよ。……あ、ヘルプがお客さんに名刺を渡したり連絡先聞くのはタブーね」

 二人が向かう卓席では 派手な外見の女性たちが、律を囲んで座っていた。

 千隼と目が合った律は、ふざけるように笑う。

「あーあ、ヘルプが来ちゃった」

 両脇にいた女性たちを抱き寄せる。

「せっかくハーレム状態を楽しんでたとこだったのに~」

「も~、なに言ってんのよ~!」

 ホストは律一人だけなのに、他の卓席よりもキャッキャとにぎやかだ。その光景に、新人ホストが怖気づく。

「俺は抜けるけど、新人がいるからってあんまりいじめないでよ?」

「いじめるわけないじゃ~ん」

「私たちがそんなことするように見えるわけ~?」

 律はにこやかに席を立ち、千隼と交代する。千隼が卓に着くと、女性と交互になるようヘルプに座らせた。

 律がいなくなった卓席で、ヘルプが危なっかしく酒を注ぐ。

「ちょっと酒おおすぎ~。私たちはやく酔わせてどうする気~?」

「あ、すみません……作り直します」

「いいよいいよ、ちょっとからかっただけだし~」

 女性たちは新人がついだ酒に口をつけながら、千隼に顔を向ける。

「あんたもぱっと見、新人っぽいよね」

「え? そうですか?」

「こっち来るとき最初スタッフかと思ったもん」

「え~? 結構キャストとしては長いですよ、俺」

「律に比べたら髪の色とか落ち着いてるからかな。確かによく見ると年齢はそこそこいってる?」

「あ~、やっぱりバレます?」

 律の代わりをちゃんと勤めながら、新人の指導も抜け目ない。千隼の姿を、律はレジカウンターのそばから見すえていた。

 店長が近づき、同じように千隼がいる席を見る。

「早い復帰だったな」

 律は返事をしない。

「律、次は……あ、いらっしゃいませ~」

 来客に店長が頭を下げる。店に来た女性は長身で、個性的なモダンファッションに身を包んでいた。

 サングラスを外した目が、律を向く。

「あ、ナンバーワンじゃん」

「お久しぶりです、聡子さん」

「え? 私のこと覚えてんの?  初回のとき一回しかついてもらったことないよね?」

 律は人懐っこい笑みを浮かべ、対応する。

「はい。確かこないだの……千隼さんが早退したときもいらしてましたよね?」

「そうそう。よく見てんね」

 律の眉尻は下がり、申し訳なさげに頭を下げる。

「その件はたいへん失礼しました。千隼さん、俺のことをかばってケガされたので」

「ああ~! かばった相手ってあんただったのか。ナンバーワンでも客とトラブることあんのね」

 女性は機嫌よく笑う。

「でもさすがナンバーワンだね。すごい記憶力。千隼も他のホストもそういうとこ見習わなきゃだめだよね」

 店長の(せき)ばらいが、二人の間に挟み込む。律は苦笑した。

「あー……引き止めちゃってすみません。聡子さんに来ていただいて千隼さんも喜ぶと思います」

「売り上げが出るからでしょ? ほんとしょうもないよね、ホストって」

 鼻を鳴らした女性は店長に案内され、卓席へと向かっていく。



          †



 律はスタッフに、客が待つ卓席へと案内された。

「あ、トウコさん」

 卓席に座っていたトウコは、ぎこちなくほほえみ、手を上げた。今日も仕事帰りのようで、オフィスカジュアルにモノトーンで決めている。

 律はとなりに座り、トウコの分の酒をそそぎ始めた。トウコの視線は、他の卓席に向いている。

「よかった、千隼くん、元気になったみたいで。あ、律もなんかたのんで」

「ありがとう。じゃあカクテルでも」

 スタッフに、ノンアルコールカクテルを持ってくるようサインを送る。

 トウコに向き直り、ほほえんだ。

「千隼さんのこと、心配してくれてたんだ?」

「そりゃあね、責任感じてたから」

「トウコさんのせいじゃないのに」

 律が作った薄めの焼酎水割りに、トウコは口をつける。

「わたしは二人がどんな関係性だったかわかんないし、どうでもいい。けど、別れて正解だと思うよ」

 小さく鼻を鳴らしたトウコに、律は神妙な顔を向けた。

「ここだけの話、あの子、彼氏がいるのに合コンしてたし。バーで男と飲んだって、本人から聞いたこともある。モテるから、男が常にそばにいる感じだったんだよね」

 律は特に驚いたそぶりを見せず、うなずいた。

「まあ。おとなしそうな女性ではなかったもんね」

「うん。まあ、結婚してるわけじゃないし、すぐに体を許すわけじゃないみたいだから。私が強く批判することもなかったけど」

 カクテルが届き、二人で乾杯する。トウコはほほ笑みながら、眉尻を下げた。

「……のわりには、あの子、早く結婚したがってたの。だから今、かなり荒れてるわ。理想の結婚ができる男探しに必死って感じ」

「そう」

 律はカクテルに口をつけ、テーブルに置いた。
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