ある箱の中

文字数 918文字




「え?」

 ソープランドの狭いバックヤードに響いたのは、レミの声だった。

 封筒から取り出した万札の枚数に、顔をゆがませている。

「あの、少なすぎませんか?」

 レミの訴えに、パソコンで日報を記録していた中年の男性店長が、ゆっくりと顔を向けた。ふっくらとした体形で、髪の毛の後退が進んでいる。

 レミは封筒をふりながら語気を強めた。

「私、だいぶ仕事しましたよね? 一日でお客様の数二桁は回してますよ。なのにこの金額っておかしいでしょ」

 店長は顔色を変えず、レミを見すえるだけだ。

「昨日もおとといもその前だってそう! どういうことなんですか? 求人に書いてあったのと全然違うんですけど! 絶対会社のほうが多めに抜いてますよね?」

「それね、天引き」

「は? なに?」

 強気なレミに、店長はため息をつく。パソコンへ顔を向け、記録を再開した。

sweet(スウィート) platinum(プラチナム)

「え?」

「きみが前にいたお店。きみ、そこの社長から借金してるよね?」

 思い切り動揺するレミに、店長は見向きもしない。日報を記入しながら、ただ淡々(たんたん)と、吐き捨てた。

「別の店で働いたらチャラになるとでも思った? 言っとくけどね、この業界、それなりに横のつながりがあるんだよ。そういう店同士のトップが集まって会議することもあるし、女の子や客の情報をやり取りすることもある」

 店長の言葉に、レミはみるみる青ざめていく。

「その中でも、きみは、敵に回しちゃいけない人を敵に回したね」

「そんな……」

「その額に不満があるなら辞めてもいいよ。でも、この業界では他に働く場所、ないよ? どのお店にも連絡いってるし、雇ってくれないんじゃないかな。雇われたとしても同じように天引きされるのがオチ。少なくとも、関東はもうだめだね」

 店長の一言一句が重く、全身にのしかかっていた。

「大丈夫だよ。五十万ならすぐに返せる。一か月、毎日働いてくれるなら、すぐだ」

「そんな……。前の店では少し返してたし」

「利息ってわかる? それと、途中でバックレた時の罰金も含んであるから。……借用書に書いてあったでしょ? 読まなかった?」

 レミは少ない万札を握りしめ、体を震わせる。

 夜の世界しか知らないレミには、もう、逃げ場がない。



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