不動のナンバーワン 1

文字数 2,089文字




 繁華街の中にある、有名洋食店。老若男女の客がそろってにぎわいを見せる中、窓際の席に(りつ)は座っていた。

 無造作にセットされた輝かしい金髪に、きりっとした目が印象強い整った顔。品よく着こなしている黒のスリーピーススーツは、どこに行ってもさまになる。

「今日はありがとう、律くん」

 律の正面に座る女性が、顔を伏せながらぎこちなく笑っている。

「ほんとはさ、私以外にもいたでしょ、同伴したいって人。律くんは、人気者だから」

 おろしたてのパンプスとふんわりとしたスカート。かわいらしくめかしこんだ女性は、髪を耳にかけながら律を見る。

「……あ、ちゃんとお金は持ってきてるから安心して。そりゃ、他のお客さんに比べたら、使えるお金は少ないけど」

 女性の顔は真っ赤に染まり、口調も早い。その姿に律は吹き出す。

「ふふっ、かわいいなぁ、ユウちゃんは。そんなに緊張しなくてもいいのに」

「あ、だって、まだ、夢みたいで……。お店以外で会うの、初めてだし」

「そんなに楽しみにしてくれてたなんて、嬉しいよ」

 派手な見た目に似合わず、声は甘く、口調は穏やかだ。

 並みの紳士には負けない気品に、群を抜く顔の良さ。ここにいる誰よりも目立ち、女性たちの視線をかっさらっている。

「こっちこそ、わざわざ時間作ってくれてありがとうね。とりあえず料理食べよう」

 すでに運ばれている料理を手で示す。小さめのハンバーグと、ライス。

 律はナイフとフォークを手に、切り分けていく。

「律くんは、もっと食べてもいいんだよ? 高いお酒は頼めないけど、料理のお金くらいは払えるから」

「ありがとう。でも、こう見えて俺も緊張しちゃってるからさ。あんまり食べられそうになくって」

 苦笑する律に対し、女性は安どした笑みを浮かべる。

「あ、そうだ、ユウちゃん。今度はちょっと早めに出て、京町料理のお店に行かない? ユウちゃんの雰囲気に合いそうなかわいらしい場所見つけたんだ。今度は俺がごちそうするよ」

「えーっと……」

 不安げに目を伏せる女性。律は女性の心境を察し、変わらない口調で続ける。

「あ、でも、無理しないでね。ユウちゃん、お仕事の都合もあるだろうし」

「うん、でも……どうしようかな。やっぱり律くんと一緒にいたいし」

「え、ほんと? 嬉しい! 俺もユウちゃんと一緒にいたい。……でも、俺のことよりお仕事のほう優先して。頑張ってるユウちゃんもステキだよ」

「……ありがとう」

 穏やかに笑みを浮かべる女性は、ハンバーグを少しずつ食べ進めていく。

「律くんに会うと、嫌なこと全部、吹き飛んじゃうな」

「そう? それならよかった」

「律くんと付き合ったら、幸せなんだろうな……」

 ハンバーグを切っていた律の手が、止まる。

「まあ、でも、付き合ってる人、いないわけないよね。律くん、すっごくかっこいいし。私よりステキな女性もたくさん寄ってくるだろうし。私なんか、ね、全然……」

「付き合ってる人はいないよ。私なんかとか言うの、やめてよ」

 律は手を止めたまま女性を見つめる。ほほ笑み、甘い声を出した。

「ユウちゃんは温厚だしかわいいし、真面目だしお仕事がんばってるし、いいところがたくさんあるじゃん」

「でも私なんて、普通だし。私がやってる仕事なんて、誰でもできるし。稼ぎもたいしたことないし」

「それでもちゃんと責任もって続けてるところがすごいんだよ。簡単にできることじゃないよ。ユウちゃんのそういうところ、俺は好きだな」

 満面の笑みを浮かべる律に、女性は頬を染める。

「ほんと……?」

「ほんとだよ。ユウちゃんが自分の仕事を大事にしてるからこそ、俺の仕事のことも大切にしてくれるんだろうね。こまめに連絡くれたり、律儀(りちぎ)に会いにきてくれたり……。ホスト相手にそういう人、なかなかいないから」

 律はすかさず眉尻を下げ、悲哀の混ざる声を出した。

「でも、だからこそ、ユウちゃんとは付き合えないと思ってる。俺と付き合うことで、絶対に嫌な思いすると思うから。俺は、ユウちゃんが俺のことで傷つくのは、嫌なんだ」

 律と同じような表情で、女性は目を伏せる。

「私が、もっとお金を出せれば」

「違う違う! 俺はユウちゃんにそんなこと求めてないよ! ユウちゃんには苦しい思いをしてほしくないんだ、ほんとうに。俺も、いつもユウちゃんのことを守れるわけじゃないから……ごめんね」

 律は笑う。女性の同情を誘う哀愁を、漂わせながら。

「でも、私が誰よりもお金を出せるようになったら、付き合える、よね?」

 いたって真剣な声だった。

「そしたら、誰にも文句は、言われないよね?」

 他のホストなら、これはチャンスだとほくそ笑むところだ。断りつつも感謝して、自身の売上に貢献させようとする。

 律は違った。

「ほんとにそう思う?」

 複雑な感情をのせた声と、真剣なまなざしで返す。表面上の遠慮も、感謝もない。

「それでもユウちゃんは、傷つくと思うよ」

 あまりにも本気の態度を見せる律に、女性は声がつまる。

「ユウちゃんが無理をしてまで付き合っても、俺はお店にいるとき絶対に女性と一緒なんだよ? 仕事以外でも女性と連絡を取り合わなきゃいけないし」
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