やるべきことはやりきったはず 2
文字数 1,721文字
「これだからホストって信用できないんだよ! こっちが約束守っても簡単に破るんだもんね!」
どのようなことを言われようと、ホストやスタッフは平身低頭で丁寧に見送る。今日来ていた千隼の指名客は、全員、無事に、お帰りいただくことができた。
†
律は卓席に座りながら、千隼の客が帰っていくようすを眺めていた。となりに座るトウコが声をかける。
「ごめんね、大変だったでしょ? 私もまさかこんなことになるとは思ってなくて」
律は穏やかな笑みをトウコに向けた。
「気にしないで。言ったでしょ。トウコさんのせいじゃないって」
「でも……」
バツの悪い顔で、トウコはうつむく。
「あの子、律のことが気になってたみたいなの。どうしてもって言われちゃって、押し通されちゃって。まさかこんなことになるとは思わなくて……」
「トウコさん、大丈夫だよ。ほんとうに、トウコさんのせいじゃないから」
うなだれ、頭を抱えるトウコの背中に、律は手を当てる。
「千隼くんね、なにも言わなかったの」
周りに配慮するような、小さい声だった。
「……うん」
「私が代わりに言い返したけど……。でも、もう、あの子には何を言っても伝わらなかったんだと思う。千隼くんも、それをわかってたのかな」
「そう、かもね」
卓席に近づいたスタッフから呼び出される。ヘルプを待たせ、トウコに伝えた。
「ありがとう、トウコさん。千隼さんを連れてきてくれて」
「そんな、お礼を言われることなんて」
「トウコさんがいてくれたから、アレで済んだんだと思う。だから、俺に対して、悪く思う必要ないからね?」
トウコの肩に優しく触れて、腰を上げる。ヘルプと交代し、次の卓へと移動した。
それから、律は通常どおりに接客をこなしていく。週末だということもあり、いつも以上に酒を飲み、女性が持ち込んだり注文したりで運ばれたデザートを、一緒に食べた。
営業終了後、案の定律はトイレにこもる。いつも以上に、
口元をハンカチで拭きながら出て、店の出入口へと向かう。
レジカウンターに差し掛かったとき、店長が追いかけて白湯を渡してきた。
「ほら」
受け取った律は青白い顔で、いぶかしげに店長を見すえている。
「今度はなに?」
「千隼の件、世話になったな。フォローしてくれて助かった。来月の給料楽しみにしてろ」
「……そりゃどーも」
律は白湯に息を吹きかけながら、ちびちびと飲んでいく。その姿を見る店長のいかつい顔には、薄い笑みが浮かんでいた。
「……そういえば、店長は結婚してたな?」
「なんだ急に。してるけど?」
「奥さんとか、奥さんの親せきから反対されなかったのかなって。店長は元ホストだろ」
店長は神妙な顔つきになり、腕を組む。腕にかかる左手の薬指には、銀色の指輪が光っていた。
「おまえ結婚でも考えてんのか」
「そう見える?」
「んなわけねえな」
店長は短く息をつく。考え事をするように目を伏せて、真面目な声を出した。
「夜職なんて、男女ともに安定しないし信用もねえからな。祝福されるわけがねえだろ。仕事を続けたいんなら、夫婦で折り合いつけながらやっていくしかねぇよ」
「店長みたいに裏方に回るとか?」
「ああ。そりゃきっぱり辞められるならそれがいいけどな。なかなか難しいだろ。この世界に一度、足を突っ込んじまうとな」
律はうなずく。社会的に信用されてないホストにとって、結婚はもちろん別の仕事に就くのもハードルが高い。
仮に結婚できたとしても、ホストと両立するのは困難だ。それができるほど、この世界は甘くない。結婚したホストのほとんどが、プレイヤーを引退して裏方に回るか、この世界と縁を切るかのどちらかだ。
「あいつ、このまま辞めんのかな?」
店長らしくない、弱弱しい声だった。律は首をかしげる。
「さあね。辞めようが辞めまいが、本人が決めることだろ。俺たちがどうこう言えることじゃない。飛ぶのが当たり前の世界なんだし」
「そりゃそうだけど。このまま失うには惜しい人材だぞ」
「だとしても、あんな大ごと引き起こしたんだ。責任取って辞めるって言いだしても仕方ないだろ。千隼さんの性格を考えれば」
はっきりと言い切る律に、店長はただ、うなずくだけだった。