30

文字数 876文字

 「ハーブ茶でいいかしら。」
 茶器に注ぎながら尋ねた。独特な深い香りが立ち込めた。
 「手摘みの野草だけど。」
 わたしが勧めるハーブ茶をリリカは、目を閉じて鼻腔に満たしていた。その子供のような仕草は、微笑ましかった。
 「‥‥もしかして、‥‥これは、【祈りの花】でしたか。」
 わたしが野草を採取した場所を知らされたリリカは、驚いた。それでも嫌な顔もせず感嘆したように目を輝かせた。
 「‥‥お話で聞いたことがあります。傍に植えるのは、確か、何か謂れがあるとか。」
 「らしいわね。わたしは、信じないけれど香りが好いでしょう。」
 わたしは、拘りの本心を隠して喋り続けた。それ以上、繊細で一途なリリカを魅入らせたくなかった。あの時にできる少しばかり人生の先輩としてのせめてもの手向けのつもりだった。いずれ気付くことを微かな期待と共に込めた。
 「この草花は、人が植えないと生えないものらしいわね。」
 わたしは、慎重に言葉を選び語った。
 「死者の眠りに夢見させるなんて残酷よね。」
 「‥‥そぅ、ですが。」
 リリカは、自らの想像に少し戸惑っていたのかもしれない。それでも、自分の意見を述べた。
 「‥‥でも、それが残された人の願いなのでしょうか。」
 「その感性は、大切にしないとね。でも、拘る必要はなくてよ。貴女は、これからなのですから。」
 それが、わたしにとってのあの日の、背一杯の忠告とお節介だった。

 その後、話でしか知らない南の島の別荘に招待された。断るつもりでリリカを見ると、縋るような幼気な眼差しを向けていた。わたしは、溜息を堪え優しく微笑んだ。
 「今直ぐには無理よ。楽しみにさせてね。」
 わたしは、自分の歪んだ寛容さが煩わしかった。その島は、リリカの一族が代々所有していた。長く放置され荒廃した島の設備をリリカの祖父が手を入れたのだった。わたしは、海辺の町に来て直ぐに一度だけ誘われた。その時は、他に興味があったわたしには、少しの魅力もない話だった。
 「貴女のお爺様が知れば、驚くわよ。」

 夕食は、理由を付けて次の機会に伸ばした。車まで連れ立って下り見送った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み