めぐり逢う季節に 【場の深み】
文字数 2,065文字
給仕に注文を済ませてからMは尋ねた。
「リア、いい子でしょう。」
「賢い女性ですね。」
私の感想にMが軽く微笑んだ。
「真面目なおバカさんよ。子供の頃から頑張り屋なんだけど、自分で無理しているのに気が付かない。」
Mは、遠い昔を懐かしみ言葉を続けた。
「大人の方から見れば、可愛いでしょう。」
「それが彼女の個性なら、仕方ないですか。」
「冷静な意見ですね。」
視線を真っ直ぐに向けてそう言い切るとMは、話を切り出した。
「今のリアは語れないでしょうから。私がお手伝いさせてもらうわね。」
私は同意して話の先を待った。
「貴男の知りたいことは、シルビアが語れるでしょう。あの肖像画を理解するのに、この浜辺の歴史と肖像画が飾られていた古城とを外す訳にいきませんから。」
Mは、手短にシルビアの生い立ちと浜辺で過ごした日々を説明した。
「あの古城が失火する以前の人々を見聞きしているのは、シルビアが最後なのです。」
私に異存はなかった。
「明日、シルビアにご紹介します。」
演奏が止み、司会が仰々しく説明を始めた。客が沸き拍手で歌姫の登場を促した。静かに伴奏が始まり年若い歌姫が現れた。歓声が歌姫の人気を表していた。
「昔から、不思議といい娘が上がるの。オーナーの人徳かしら。」
Mは、舞台の歌姫を目の端に捉えて言った。
「……ルーミナイは、別格だけど。」
「解る気がします。」
私の素直な見解を探り確めMは尋ねた。
「全てにおいて違うの。彼女の強い意思と秘める悲しみの深さもかしら。」
「貴方も、人の感情が見えるようですね。」
私の言葉が自然に伝わったのかMは、胸の前で両手で合わせて喜んだ。後になって、Mがルーミナイの舞台を観たのは一度限りだと知り、卓越する洞察力に驚かされた。その時の光景をMは、溜息混じりに打ち明けたのだ。拉致されるような強引さで創業者のドナに連れられ舞台を見せられたと。
──酷い話でしょう。うら若き者に対する仕打ちじゃないわ。
食事の途中で支配人が姿を見せた。Мは耳元で話を受け軽く頷き伝えた。
「それでお願いします。ジィーノには、それだけで結構ですから。」
支配人が下がるとMは、説明した。
「会って頂きたい人がいたのですが、戻るのが遅れているそうです。次の機会にお引き合わせできるでしょう。」
再訪を決めつけるMの口調は不愉快でなかったが、私は軽く肩を竦め苦笑して見せた。
「貴方は、予言もなさるのですか。」
「素敵でしょう。未来が覗けるのは。」
Mの言葉は、誠実と思えるほどに気持ちへ届いた。
「楽しみにしましょう。」
私は、そう言葉を閉めてから本来の話題に戻した。
「写真の中の絵ですが、ルーミナイに似ていますね。」
「雰囲気のことでしょう。ルーミナイにも似ているのかも。だから……、彼女も魅かれたのか。」
その時の意味深い言葉に感謝した。Мは、真実を隠すことなく伝えられる貴重な観察者であったのだろう。
「私の直感でいいかしら。貴男が写真の中に見た肖像画は、最初の一枚目なのかもしれないのです。絵の半分下が陰になっていると仰ったかしら。」
質問に答える私からMは、視線を逸らさずに優しく続けた。
「その陰の部分には膝に幼子を抱いた絵が隠れていると、聞きます。元々、その一枚目の肖像画は古城の回廊に掛けられていたのです。」
Mは、リアナから聞きかじる話を繋ぎ合わせ語った。
「二人の幼子を抱く聖母像のような一枚目の原画を実際に見ている人は、この浜辺でどれだけいるでしょうか。もし、ルーミナイが写真に撮ったのなら凄いことね。」
Mが古城に招待されても頑なに拒んだ事実が、言葉の端々に窺えた。
「私が十代の頃、その絵は外され地下墳墓に収められていたらしいのです。その時の古城には、二枚目の肖像画が掛けていたと聞きます。」
私は、率直に疑問点を並べた。
「肖像画は、何枚か存在していたのですか。」
「同じ号数の肖像画が三点画かれていたらしいですよ。」
Mは、親友の話を思い返しなが言った。
「最初の肖像画は、二人の幼子と共に描かれたアリアと言い伝えられている御夫人です。詳しくは、シルビアから聞かれるといいでしょう。そして……。」
Mが躊躇するように一呼吸置くと続けた。
「二枚目が、マルガリータの肖像。古城が失火して廃墟になる少し前に亡くなった最後の主です。……もう、二十年になりますか。」
Mが、昔を懐かしむでもなく淡々と語る姿に危うい事実を垣間見たように思えた。その名前に興味を懐き私は素性を尋ねた。
「マルガリータは、アリアの御子息の奥さんだった御方よ。」
そう答えるMは、少し困惑していた。
「シルビアから彼女のことも聞かれるといいでしょう。彼女を、どう評価すればいいのか。私は、今も迷っています。……でも、リアは、二枚目の肖像画を見て衝撃を受けた。研究者の道に進ませるほどの力がその絵にあった。その人物の精神性だったのか。それとも……。」
Mが言葉を濁した。それ以上は、私も追及しなかった。
「リア、いい子でしょう。」
「賢い女性ですね。」
私の感想にMが軽く微笑んだ。
「真面目なおバカさんよ。子供の頃から頑張り屋なんだけど、自分で無理しているのに気が付かない。」
Mは、遠い昔を懐かしみ言葉を続けた。
「大人の方から見れば、可愛いでしょう。」
「それが彼女の個性なら、仕方ないですか。」
「冷静な意見ですね。」
視線を真っ直ぐに向けてそう言い切るとMは、話を切り出した。
「今のリアは語れないでしょうから。私がお手伝いさせてもらうわね。」
私は同意して話の先を待った。
「貴男の知りたいことは、シルビアが語れるでしょう。あの肖像画を理解するのに、この浜辺の歴史と肖像画が飾られていた古城とを外す訳にいきませんから。」
Mは、手短にシルビアの生い立ちと浜辺で過ごした日々を説明した。
「あの古城が失火する以前の人々を見聞きしているのは、シルビアが最後なのです。」
私に異存はなかった。
「明日、シルビアにご紹介します。」
演奏が止み、司会が仰々しく説明を始めた。客が沸き拍手で歌姫の登場を促した。静かに伴奏が始まり年若い歌姫が現れた。歓声が歌姫の人気を表していた。
「昔から、不思議といい娘が上がるの。オーナーの人徳かしら。」
Mは、舞台の歌姫を目の端に捉えて言った。
「……ルーミナイは、別格だけど。」
「解る気がします。」
私の素直な見解を探り確めMは尋ねた。
「全てにおいて違うの。彼女の強い意思と秘める悲しみの深さもかしら。」
「貴方も、人の感情が見えるようですね。」
私の言葉が自然に伝わったのかMは、胸の前で両手で合わせて喜んだ。後になって、Mがルーミナイの舞台を観たのは一度限りだと知り、卓越する洞察力に驚かされた。その時の光景をMは、溜息混じりに打ち明けたのだ。拉致されるような強引さで創業者のドナに連れられ舞台を見せられたと。
──酷い話でしょう。うら若き者に対する仕打ちじゃないわ。
食事の途中で支配人が姿を見せた。Мは耳元で話を受け軽く頷き伝えた。
「それでお願いします。ジィーノには、それだけで結構ですから。」
支配人が下がるとMは、説明した。
「会って頂きたい人がいたのですが、戻るのが遅れているそうです。次の機会にお引き合わせできるでしょう。」
再訪を決めつけるMの口調は不愉快でなかったが、私は軽く肩を竦め苦笑して見せた。
「貴方は、予言もなさるのですか。」
「素敵でしょう。未来が覗けるのは。」
Mの言葉は、誠実と思えるほどに気持ちへ届いた。
「楽しみにしましょう。」
私は、そう言葉を閉めてから本来の話題に戻した。
「写真の中の絵ですが、ルーミナイに似ていますね。」
「雰囲気のことでしょう。ルーミナイにも似ているのかも。だから……、彼女も魅かれたのか。」
その時の意味深い言葉に感謝した。Мは、真実を隠すことなく伝えられる貴重な観察者であったのだろう。
「私の直感でいいかしら。貴男が写真の中に見た肖像画は、最初の一枚目なのかもしれないのです。絵の半分下が陰になっていると仰ったかしら。」
質問に答える私からMは、視線を逸らさずに優しく続けた。
「その陰の部分には膝に幼子を抱いた絵が隠れていると、聞きます。元々、その一枚目の肖像画は古城の回廊に掛けられていたのです。」
Mは、リアナから聞きかじる話を繋ぎ合わせ語った。
「二人の幼子を抱く聖母像のような一枚目の原画を実際に見ている人は、この浜辺でどれだけいるでしょうか。もし、ルーミナイが写真に撮ったのなら凄いことね。」
Mが古城に招待されても頑なに拒んだ事実が、言葉の端々に窺えた。
「私が十代の頃、その絵は外され地下墳墓に収められていたらしいのです。その時の古城には、二枚目の肖像画が掛けていたと聞きます。」
私は、率直に疑問点を並べた。
「肖像画は、何枚か存在していたのですか。」
「同じ号数の肖像画が三点画かれていたらしいですよ。」
Mは、親友の話を思い返しなが言った。
「最初の肖像画は、二人の幼子と共に描かれたアリアと言い伝えられている御夫人です。詳しくは、シルビアから聞かれるといいでしょう。そして……。」
Mが躊躇するように一呼吸置くと続けた。
「二枚目が、マルガリータの肖像。古城が失火して廃墟になる少し前に亡くなった最後の主です。……もう、二十年になりますか。」
Mが、昔を懐かしむでもなく淡々と語る姿に危うい事実を垣間見たように思えた。その名前に興味を懐き私は素性を尋ねた。
「マルガリータは、アリアの御子息の奥さんだった御方よ。」
そう答えるMは、少し困惑していた。
「シルビアから彼女のことも聞かれるといいでしょう。彼女を、どう評価すればいいのか。私は、今も迷っています。……でも、リアは、二枚目の肖像画を見て衝撃を受けた。研究者の道に進ませるほどの力がその絵にあった。その人物の精神性だったのか。それとも……。」
Mが言葉を濁した。それ以上は、私も追及しなかった。