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文字数 1,386文字
ガインは、真夜中でも単車を走らせて帰れる男だった。それでも、年齢と朝からの運転距離を考えれば、さすがのわたしでも心配になった。
「知り合いの宿を訊いてあげるから。」
わたしの杞憂は、必要なかった。
「ブローラの別荘が使えます。」
ガインが持ち出した懐かしい名前は、わたしを安心させながも困惑させた。ガインは、昔の遊び仲間の一人が所有する別荘の管理を任されていた。夏の期間だけ使用するためだけに所有できる家柄の男の顔が思い浮かんだ。
「昨年は、来たの。」
「二週間ばかり滞在していました。」
ガインの言葉の端に含ませた意味に気付けるわたしが切なかった。
別荘地の入り口に設けられた警備所で記名する必要がないガインだった。年配の警備員の一人は、昔に見かけたことがあった。訪れる持ち主が少なくても季節を通して別荘地の警備は整っていた。
若い頃から別荘地を幾度も訪れたが、ブローラの別荘には一度も行かなかった。夏の休暇になると、ブローラは両親と遠縁の娘と来ていた。あの夏にドナは、従兄夫婦が暮らす古城を訪れブローラ達と知り合い連れ立って遊ぶ仲間になったのだった。
別荘の中は、綺麗に掃除がされていた。雇っている学生のバイト仕事にしては行き届いていた。
「良いバイトを探したのね。女の子?」
「男子です。週に一度、来てもらっています。」
掃除の苦手なわたしが小さな部屋で暮らしているのを知っているガインは、連絡先を教えようかと尋ねた。
「真面目な学生です。」
「ふざけた若者ばかり見てきたから、信じられないわ。今の若い子って、真面目なのね。」
「彼が特別なのかもしれません。遠い北国の生まれですから。」
ガインの冗談交じりの偏見にわたしは、声を出さないで笑った。ガインが比較している人物の顔が分かったからだろう。
「そうね。連絡先を聞かせて。」
わたしは、気が向いたときに掃除を頼む近所の娘の仕事ぶりと見比べていた。話が下手な孤独な娘で、不細工な容姿でないのに暗かった。黙々と掃除をするが上手くなく鈍かった。今までの会話は、片手で数えるほどだった。これからもそうだろう。
「今夜、泊めてもらっても大丈夫。」
わたしは、懐かしさと少しの倦怠感に尋ねてみた。ガインは、即座に応えた。
「問題ありません。」
二階のゲストルームの窓からは、なだらかな斜面に点在する別荘の屋根が窺えた。その向こうの海は、月明りに白く煌めいて。季節が早く逗留する者もいないのか、どの建物からも灯りは見えなかった。
その寂しい景色を眺めていると、不意に少し歩きたくなった。居間に下りていくと、ガインは本を読んでいた。
「しばらく夜風にあたってくるわ。」
わたしが遠い昔にしたような行動が懐かしかったのか、ガインは驚きながらも扉を開けて送り出してくれた。
街灯が連なる車道を降り、公共の広場までゆっくりと散歩した。芝の展望台から見る月夜の海は静かで安らぎを与えてくれた。幾つもの岬が連なって見える南向きの景色は、北側の古城が建つ湿地帯の浜辺と対照的だった。別荘地を造成した設計者の意図が理解できた。地元の海辺で育った者でしか成しえない構成配置だった。わたしは、生まれた遠い故郷を想い出しながら、この海辺で長く逗留している立場に改めて気付かされた。
長い時間をそこで過ごした。その夜、夢の中に懐かしい男が現れた。
「知り合いの宿を訊いてあげるから。」
わたしの杞憂は、必要なかった。
「ブローラの別荘が使えます。」
ガインが持ち出した懐かしい名前は、わたしを安心させながも困惑させた。ガインは、昔の遊び仲間の一人が所有する別荘の管理を任されていた。夏の期間だけ使用するためだけに所有できる家柄の男の顔が思い浮かんだ。
「昨年は、来たの。」
「二週間ばかり滞在していました。」
ガインの言葉の端に含ませた意味に気付けるわたしが切なかった。
別荘地の入り口に設けられた警備所で記名する必要がないガインだった。年配の警備員の一人は、昔に見かけたことがあった。訪れる持ち主が少なくても季節を通して別荘地の警備は整っていた。
若い頃から別荘地を幾度も訪れたが、ブローラの別荘には一度も行かなかった。夏の休暇になると、ブローラは両親と遠縁の娘と来ていた。あの夏にドナは、従兄夫婦が暮らす古城を訪れブローラ達と知り合い連れ立って遊ぶ仲間になったのだった。
別荘の中は、綺麗に掃除がされていた。雇っている学生のバイト仕事にしては行き届いていた。
「良いバイトを探したのね。女の子?」
「男子です。週に一度、来てもらっています。」
掃除の苦手なわたしが小さな部屋で暮らしているのを知っているガインは、連絡先を教えようかと尋ねた。
「真面目な学生です。」
「ふざけた若者ばかり見てきたから、信じられないわ。今の若い子って、真面目なのね。」
「彼が特別なのかもしれません。遠い北国の生まれですから。」
ガインの冗談交じりの偏見にわたしは、声を出さないで笑った。ガインが比較している人物の顔が分かったからだろう。
「そうね。連絡先を聞かせて。」
わたしは、気が向いたときに掃除を頼む近所の娘の仕事ぶりと見比べていた。話が下手な孤独な娘で、不細工な容姿でないのに暗かった。黙々と掃除をするが上手くなく鈍かった。今までの会話は、片手で数えるほどだった。これからもそうだろう。
「今夜、泊めてもらっても大丈夫。」
わたしは、懐かしさと少しの倦怠感に尋ねてみた。ガインは、即座に応えた。
「問題ありません。」
二階のゲストルームの窓からは、なだらかな斜面に点在する別荘の屋根が窺えた。その向こうの海は、月明りに白く煌めいて。季節が早く逗留する者もいないのか、どの建物からも灯りは見えなかった。
その寂しい景色を眺めていると、不意に少し歩きたくなった。居間に下りていくと、ガインは本を読んでいた。
「しばらく夜風にあたってくるわ。」
わたしが遠い昔にしたような行動が懐かしかったのか、ガインは驚きながらも扉を開けて送り出してくれた。
街灯が連なる車道を降り、公共の広場までゆっくりと散歩した。芝の展望台から見る月夜の海は静かで安らぎを与えてくれた。幾つもの岬が連なって見える南向きの景色は、北側の古城が建つ湿地帯の浜辺と対照的だった。別荘地を造成した設計者の意図が理解できた。地元の海辺で育った者でしか成しえない構成配置だった。わたしは、生まれた遠い故郷を想い出しながら、この海辺で長く逗留している立場に改めて気付かされた。
長い時間をそこで過ごした。その夜、夢の中に懐かしい男が現れた。