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文字数 990文字

 翌朝、わたしをアパートの前まで送ると、ガインは農場に戻った。若い頃から冗談好きで屈託なく日々を送れるガインが好い男であのは分かっていた。わたしは改めて気付かされ、少しばかり自惚れたくなった。わたしが幸せな表情をしていたからだろう。階段で擦れ違った見かけたことがある若い娘が立ち止まり挨拶をした。
 「‥‥ラーナさんでしょうか。」
 向こうは、わたしを知っている様子だった。警戒心をさとられないように笑顔を返して尋ねた。
 「どこかで、お会いしましたか。」
 意外にも、海辺の街で指折りの有力者の娘だった。よく観察すると、地味な装いのなかにも目立たたせない高価な装飾を付けていた。
 わたしは、彼女の祖父を知っていた。その孫娘のリリカの噂を最近耳にしたことがあった。何処かの大きな町のホテルで、薬を飲み過ぎて病院に緊急搬送された事件が伝わり、気の病んだ娘と囁かれていた。
 「‥‥お時間があれば、どこかでお茶をご一緒できませんか。」
 リリカの初対面でありながら一方的な喋り方をする会話に興味が湧いた。

 アパートの出入り口まで下りると、何処からともなく現れた大きな高級車が横付けされた。運転手に扉を開けてもらい乗り込むと、懐かしい景色が瞼に蘇り思わず苦笑した。
 行き先は、港が見える会員制のレストランだった。わたしがリリカを連れているのが驚きだったのか、リリカがわたしと同行しているのが不思議に見えたのかは分からないが、何人かの知り合いは立ち上がらずに目だけで挨拶を送ってきた。
 奥の窓辺の特別席に予約もなく通される身分の娘だった。テーブルで向かい合うと、色白で綺麗な顔立ちなのに虚ろな瞳がわたしに言葉を躊躇させた。わたしが想うよりも年若く見えた。わたしは、リリカの出方を待った。
 「‥‥話を聴いていただける方がいないのです。」
 リリカの思い詰めたような言葉が痛々しかった。何不自由なく生まれ育った娘にしか成し得ない不安と悩みだった。
 わたしは医者でなかったが、若い頃から相談され意見を求められた。
 「‥‥御爺様が、貴女を褒めているのを聞きました。」
 『そういうことか‥‥。』
 わたしは、胸の内で納得した。そこで粗方を理解できた。半分は興味が失せたものの、新たな好奇心が頭を持ち上げた。
 「御爺様を、愛していらっしゃるのね。」
 わたしは、最近の知っている噂までも頭に並べ記憶を頼りに受け応えた。
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