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 その頃になると、数か月に一度ぐらい会うこともあった。昔のように長居する用意は、必要なかった。食事をして話を交わすだけで事が足りた。

 若い娘が招待されていた。綺麗に化粧を整えて流行りの衣装で着飾っていたが、会話の下手な娘だった。言葉の端々に訛りが隠れていた。直なだけが取り柄のように思える野暮ったさがあった。わたしが来るのを知らされていなかったのだろう。最初から警戒する姿が痛々しかった。
 それでも、晩餐は楽しく進んだ。わたしよりも探り値踏みする娘の様子が面白くてわざと煽ってみた。強く出ると引いてしまう性格が、意外で新鮮だった。翁の好みが変わったのかと思うと、軽く失望した。わたしの気持ちを悟らせるつもりで、女二人の様子を窺っている翁に矛先を向けた。
 「‥‥彼って、意地悪ね。そう思うでしょう。」
 わたしの悪戯っぽい揶揄いに若い娘は、戸惑った。
 「それに、秘密が多い。そんな男は、さてさて、楽しいか、楽しくないか。」
 若い娘は、ますます困惑してしまった。翁が助け舟を出しそうになるのを、わたしは目で制した。話していると、見掛けとは違って若い娘の思慮深さが判り納得した。翁が好意を寄せている気持ちの揺らぎに少し安堵した。
 「忠告させてね。貴女は、そのままで急がなくいいですからね。」
 デザートは、わたし好みの懐かしい生菓子が用意されていた。翁の心遣いが嬉しかった。会食の後、若い娘が席を離れた隙に翁が、わたしの見解を確認するように告白した。
 「‥‥彼女に、世話を頼むことにした。」
 「そうですか。よい娘なのでしょう。今の貴男には。」
 そう伝えて翁の言葉を受け入れた。わたしの意見に満足した翁は、話題を変えた。
 「ところで、巷の噂で耳にしたが。珍しい男を見かけたと聞くが。」
 「さぁ、わたしは信じませんが。」
 わたしは、相手を焦らせるように答えを返した。若い娘の純粋さに、年甲斐もなく本心は少し嫉妬していたのかもしれない。老いらくの恋に憐憫しての同情も含ませていたのだろうか。
 「儂は、もう一度逢ってみたいのだよ。」
 翁は、昔のようにわたしの前で隠さず語った。
 「‥‥笑うかな。」
 「どうでしょう。笑ってほしいですか。」
 わたしは、優しく微笑みを向けて尋ねた。翁の安堵する表情が、子供のようだった。だから、その後に言葉を続けたのかもしれない。
 「‥‥捜させていたのでしょう。」
 「知ってたのか。お前には、隠せないな。」
 翁は、寂しく笑って見せた。
 「やはり、笑われても仕方がない。」
 「‥‥正直な殿方には、笑いません。」
 わたしの言葉は、優しかったのだろう。翁は、それ以上は語らなかった。戻ってくる若い娘に気付いたこともあったが。
 「‥‥昔のよしみで、一つ頼まれてほしい。」
 「断れませんね。」
 会食の後、よく憶えていなかった。食後の酒は進んだが、美味しくなかった。

 その後、数日の間、気持ちの整理が追い付かなかった。若い頃ならいざ知らず、愚かな時間の浪費に苛立ちと後悔ばかりが積もり放してくれない思いが切なかった。
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