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文字数 978文字

 「お嬢さんと知り合いだったのか。」
 店を出ていくリリカの後ろ姿を見送ると、ロサンが尋ねた。
 「あの娘、入院していると聞いていたけど‥‥。」
 「それで、今日はどうしたの。」
 わたしは、話題を振った。ロサンが不吉な兆しを持ってこないのを祈りながら。
 「‥‥そうだった。昨夜、岬の店に皆がいただろう。」
 ロサンは、語り出した。
 「俺も行く予定だったんだ。アメーリを迎えに戻ると長い電話になっていてね。」
 若い新妻のアメーリが急用の連絡を受けて出掛けるのが遅くなった話をした。わたしは、昨夜の集った顔ぶれを想い出しながら納得できた。
 「君とは、行き違いになった。アメーリも君に挨拶したがっていたんだよ。」
 わたしがガインと途中で退席したのを残念がっているのは、本心のようだった。アメーリとの初対面は、わたしを楽しませてくれた。大人しく気の利かないふりをする意志の強さが可笑しく面白い娘だった。ロサンはこれからも気付かないだろうが、彼女から見込まれ夫に選ばれたのだ。あの性質の女は、年齢を重ねると楽しく語れるようになのは知っていた。わたしは、そのような年下の女を待って友達になるのは無理だった。その必要も暇もつくらないだろう。
 「あら。奥様は、わたしを避けていたと思っていたわ。挨拶をして頂けるなんて光栄ね。」
 わたしは、半分本気で言ってから改めて尋ねた。
 「それで。あの集いは、誰が言い出したの。」
 「俺だよ。皆からキラトの事実を確かめたくてね。」
 「まぁ‥‥、言い出した貴男が遅れてどうするのよ。」
 わたしは、非難したものの、御蔭で楽しい夕食会になったのを感謝していた。ロサンが何を口実に皆を呼び寄せたのか想像できた。期待していなかったが、試しに話を向けた。
 「遅れて行った貴男にも、収穫はあったのでしょうね。」
 「それだよ。誰一人、キラトを目撃していないんだ。不思議だろう。」
 わたしは、予想していた話に落胆を隠した。あの年の初春は、ロサンの言葉と行動に驚かされ躊躇わさせられた。今思い出しても、溜息が零れた。
 「ハルトに確かめるのが最も効率良いと思うけど。」
 わたしは、そう言ってから自らの思いを納得させるように続けた。
 「どうせ、あの男のことだから旅に出たか。山籠もりしたかでしょうね。」
 わたしの言葉が図星的を得ていたのは、ロサンの落胆を見て分かった。
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