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文字数 1,260文字
数日後、わたしは時が満ちるのを待たず行動に移った。リレイドは約束を果たすため律義に手を尽くすだろう。だが、ハルトが姿を隠して見つけ出せる者は、若い頃から限られていた。
その一人が、【東に住む隠者】カンデだった。最初、わたしは酒場に行こうかと考えた。向こうから連絡を寄こす殊勝な男でないのは分かっていた。
夜のバス停近くの喫茶店で待った。カンデは最終便で独り降り立った。わたしが近付くと、苦虫を噛み潰した表情で逆方向に引き返した。
「‥‥あら、奇遇ね。」
わたしは、カンデの後ろから腕を絡めとり話しかけた。
「ご馳走するわよ。」
「まったく‥‥、暇なのか。」
カンデは、溜息をついて言った。
「今夜は、独りで飲みたい気分なんだよ。」
「何時も、独りでしょう。」
わたしは、強引に話を重ねた。
「ねぇ。お願いしていた件、大丈夫ね。」
「俺は、約束を違えたことがない。」
「嬉しい。」
わたしは、心底からの笑顔を向けた。タクシーを呼び止めた。
ドナの酒場に連れ込んだ。
「‥‥ここでは、悪酔いするのを知っているだろう。魔女め。」
カンデは、そう言ったものの抵抗せずに二階のボックス席に着いた。独りでは決してこの店を使わない男だった。店内は賑わっていた。先日訪れた時とは別の若い娘が舞台に立っていた。その歌声が私を驚かせた。
『‥‥誰なの、この娘を選んだのは。』
わたしは、比べている歌姫の姿を想い返しながらジィーノの趣味に密かに苦笑した。
『態度には出さないけど、君も忘れられないのね。』
「そういうものね‥‥、わたしも笑えないか。」
注文を済ませると、相手が構える隙も与えなかった。
「ハルトに会えたでしょう。」
わたしは、真っ直ぐに尋ねた。暗い目を一瞥させてカンデは、逆に尋ね返した。
「会えたさ。それで、何が聞きたい。」
「誰が、嘘つきなのか。」
わたしは、正直に言った。
「確かめたいだけよ。」
「まったく‥‥。お前達は、幾つになっても進歩がないな。」
「いいじゃないの。」
わたしの言葉に嘘は、含ませていなかった。
「進歩がないから、気になるのでしょう。」
「そうだろうな。‥‥『嘘は、聴くもの全てに意味を持つ。』」
哲学的な返事に、予め準備は出来ていた。真正面から男の目を覗き込み微笑みを向けた。
「それで充分よ。」
わたしの感謝にカンデは、肩を竦めて返した。
その夜、わたしは少しばかり多く飲み過ぎた。酒杯を重ねる速さを目の前にしてカンデは、酔い切れなかったのだろう。わたしとは真逆で、憎まれ口を垂れ流しながら一杯の酒に時間を掛けた。しかし、わたしを止めずにいてくれたのは、あの男なりの気遣いだったのかもしれない。
夜も更けて最後には、わたしをタクシーに放り込むお節介までしてくれた。
「あら‥‥、一緒に乗っていかないの。」
あの時のわたしの言葉は、冗談にしても悪意を含んで聞こえただろうか。
「‥‥寂しいわ。」
「俺は、奴とは違う。」
カンデは、溜息を混じらせて言った。
「遠慮せずに、独りで往ってしまえ。」
その一人が、【東に住む隠者】カンデだった。最初、わたしは酒場に行こうかと考えた。向こうから連絡を寄こす殊勝な男でないのは分かっていた。
夜のバス停近くの喫茶店で待った。カンデは最終便で独り降り立った。わたしが近付くと、苦虫を噛み潰した表情で逆方向に引き返した。
「‥‥あら、奇遇ね。」
わたしは、カンデの後ろから腕を絡めとり話しかけた。
「ご馳走するわよ。」
「まったく‥‥、暇なのか。」
カンデは、溜息をついて言った。
「今夜は、独りで飲みたい気分なんだよ。」
「何時も、独りでしょう。」
わたしは、強引に話を重ねた。
「ねぇ。お願いしていた件、大丈夫ね。」
「俺は、約束を違えたことがない。」
「嬉しい。」
わたしは、心底からの笑顔を向けた。タクシーを呼び止めた。
ドナの酒場に連れ込んだ。
「‥‥ここでは、悪酔いするのを知っているだろう。魔女め。」
カンデは、そう言ったものの抵抗せずに二階のボックス席に着いた。独りでは決してこの店を使わない男だった。店内は賑わっていた。先日訪れた時とは別の若い娘が舞台に立っていた。その歌声が私を驚かせた。
『‥‥誰なの、この娘を選んだのは。』
わたしは、比べている歌姫の姿を想い返しながらジィーノの趣味に密かに苦笑した。
『態度には出さないけど、君も忘れられないのね。』
「そういうものね‥‥、わたしも笑えないか。」
注文を済ませると、相手が構える隙も与えなかった。
「ハルトに会えたでしょう。」
わたしは、真っ直ぐに尋ねた。暗い目を一瞥させてカンデは、逆に尋ね返した。
「会えたさ。それで、何が聞きたい。」
「誰が、嘘つきなのか。」
わたしは、正直に言った。
「確かめたいだけよ。」
「まったく‥‥。お前達は、幾つになっても進歩がないな。」
「いいじゃないの。」
わたしの言葉に嘘は、含ませていなかった。
「進歩がないから、気になるのでしょう。」
「そうだろうな。‥‥『嘘は、聴くもの全てに意味を持つ。』」
哲学的な返事に、予め準備は出来ていた。真正面から男の目を覗き込み微笑みを向けた。
「それで充分よ。」
わたしの感謝にカンデは、肩を竦めて返した。
その夜、わたしは少しばかり多く飲み過ぎた。酒杯を重ねる速さを目の前にしてカンデは、酔い切れなかったのだろう。わたしとは真逆で、憎まれ口を垂れ流しながら一杯の酒に時間を掛けた。しかし、わたしを止めずにいてくれたのは、あの男なりの気遣いだったのかもしれない。
夜も更けて最後には、わたしをタクシーに放り込むお節介までしてくれた。
「あら‥‥、一緒に乗っていかないの。」
あの時のわたしの言葉は、冗談にしても悪意を含んで聞こえただろうか。
「‥‥寂しいわ。」
「俺は、奴とは違う。」
カンデは、溜息を混じらせて言った。
「遠慮せずに、独りで往ってしまえ。」