めぐり逢う季節に 【海辺の風】
文字数 2,076文字
乗り合いバスに手伝いの娘が乗り込む姿が見えた。シーラは、窓辺から手を振り見送ると私に問い掛けた。
「ララエと同じ町の御出身ですか。喋り方が似ていますが。」
頷く私にシーラは柔らかく微笑んで尋ねた。
「大きな町なのでしょう。」
後になりララエの生い立ちを知り、あの海辺に滞在する理由を聞かされ深い溜息をつかずにいられなかった。出会った日のララエは夕立に打たれ波打ち際で途方に暮れ涙を流していたが顔を伏せていなかった、とシーラから聞かされた。
シーラは気持ちを解すかのようにもう一度尋ねた。私が話すであろう返事を期待しての促す優しさに思わず笑みを浮かべ短く答えた。
「人は、多いかな……。」
「ララエと同じですね。」
私の表現がララエと似ていたのが嬉しかったのかシーラは、笑顔で納得した。
「自分の住む街を【人が多い】って話せるのは、拠り所と思っているからなのでしょうか。」
シーラの正面から相手を見ながら話せる姿勢に羨望の気持ちを寄せた。私は、ララエから受けた好ましい印象を思い返しながら伝えた。
「彼女は、貴女に出合えて僥倖だったようですね。」
「若い子は、振り返れない頃があるでしょう。ここに辿り着けたのは、ララエ本人の力かな。」
シーラは、率直に言った。
「わたしは、助けたなんて思っていないですよ。」
話しからシーラも移住者であるのが分かり、海辺を訪れた頃の姿を想い浮かべた。言葉の端々に憂愁な過去が垣間見えたからだろう。
少し後になってMから、この海辺に辿り着く人が抱くであろう心理を教え示された。
──古城が建つ浜辺に導かれる人は、何方かに分かれるのです。丘陵や岬や海から眺めるか、浜辺に立ち入ってしまうかに。……でもね、そんなのって些細なことじゃないかしら。
あえて肯定も否定もしなかった。その頃には、自分なりに気持ちの整理が為されていたから自問するだけですんだ。
『何方かを選択しないのも有得るということなのか……。』
雨脚が少し強くなり窓から眺望する浜辺は白い靄で閉ざされた。
「結果として、人に救われることがあるのも事実です。」
私は、誰を慮り庇護したのだろうか。若い頃のような青臭い語り口調に自嘲を含ませながらも話した。シーラも大人だから屈託なく微笑んで応えた。
「褒められましたか……。次は、Mさんといらしてね。」
その言葉で充分だった。最後に美味しくお茶を頂きタクシーに戻った。
古城の周辺一帯は、立ち入りに許可がいるのを教えられていた。岬を下ると私有地を示す看板があった。蘆の生い茂る穏やかな起伏が続く向こうに霞む古城が望めた。車から降りた体に海風は予想以上の強さで冷たく叩いた。すぐ耳元に寄せる潮騒が悲鳴のように聞こえた。
そこからの景色は、ルーミナイの写真に見た場所だった。ふと思いついた疑問を口にした。
「どうして閉鎖していないのかな。」
「柵なんか必要でありません……。」
運転手の心なしか沈んだ声が事実の厳しさを伝えているように思えた。
「道が迷路のようになっています。」
「古城に辿り着けないからなの。」
「いいえ。迷い込むと、この浜辺から抜け出せなくなるのです。」
運転手の説明する意味が分かった。
「それを知っている人は、近づかない。……そういうことか。」
そう納得しながらも、胸の内に新たな疑問が浮かんだ。
『誰しもが賢明であると限らないが、それだけなのか……。』
周りを見渡すと葦の広がる湿地帯は壁のような丘陵と岬に囲われ、波打ち際の小さな岩山に建つ古城が雨雲に浮かび近づきがたい存在感を見せていた。
私は、決心がつかないままに尋ねた。
「古城までは遠いかな。」
「人それぞれだと思います。近く感じることもあれば、遠く感じることもあります……。」
そこで言葉を途切れさせてから続けた。
「以前に同じ質問をされたことがあります。」
「……もしかして、女性かな。」
私が何気に尋ねると運転手は真顔を向けた。訝しげな眼差しの奥に探るような光が見えた。運転手は、少し言葉を選んで言った。
「彼女もその場所から古城を眺めていました。」
「その女性は、この場所のどこに魅せられたのかな。」
私の遠慮がない質問に運転手は唇を強く引き締めた。若者からの見解を期待したのは、他の土地から移り住んでいるから真意に気付けるように思えたのだろうか。軽く肩をすくめるだけの運転手に私は確かめた。
「彼女は、何か言って向かった?」
「夕方まで戻らなければ帰ってほしいと。」
言葉を理解し受け入れた私は、紙幣で支払い車で待っように頼んだ。運転手が、小さく溜息をこぼし言った。
「あの時も、同じような会話をしたからなのでしょう。気になったので、古城まで迎えに行きました。」
古城の中に建つ焼け落ちた礼拝所で彼女を見つけたと、話し運転手は続けた。
「古城からの帰り道に彼女の呟きが、今も心に引っかかっています。」
「……君は、好い巡り合わせをしたようだね。」
私は、心に浮かんだまま言葉で伝えた。運転手が目を逸らせることなく静かに頷いた。
「ララエと同じ町の御出身ですか。喋り方が似ていますが。」
頷く私にシーラは柔らかく微笑んで尋ねた。
「大きな町なのでしょう。」
後になりララエの生い立ちを知り、あの海辺に滞在する理由を聞かされ深い溜息をつかずにいられなかった。出会った日のララエは夕立に打たれ波打ち際で途方に暮れ涙を流していたが顔を伏せていなかった、とシーラから聞かされた。
シーラは気持ちを解すかのようにもう一度尋ねた。私が話すであろう返事を期待しての促す優しさに思わず笑みを浮かべ短く答えた。
「人は、多いかな……。」
「ララエと同じですね。」
私の表現がララエと似ていたのが嬉しかったのかシーラは、笑顔で納得した。
「自分の住む街を【人が多い】って話せるのは、拠り所と思っているからなのでしょうか。」
シーラの正面から相手を見ながら話せる姿勢に羨望の気持ちを寄せた。私は、ララエから受けた好ましい印象を思い返しながら伝えた。
「彼女は、貴女に出合えて僥倖だったようですね。」
「若い子は、振り返れない頃があるでしょう。ここに辿り着けたのは、ララエ本人の力かな。」
シーラは、率直に言った。
「わたしは、助けたなんて思っていないですよ。」
話しからシーラも移住者であるのが分かり、海辺を訪れた頃の姿を想い浮かべた。言葉の端々に憂愁な過去が垣間見えたからだろう。
少し後になってMから、この海辺に辿り着く人が抱くであろう心理を教え示された。
──古城が建つ浜辺に導かれる人は、何方かに分かれるのです。丘陵や岬や海から眺めるか、浜辺に立ち入ってしまうかに。……でもね、そんなのって些細なことじゃないかしら。
あえて肯定も否定もしなかった。その頃には、自分なりに気持ちの整理が為されていたから自問するだけですんだ。
『何方かを選択しないのも有得るということなのか……。』
雨脚が少し強くなり窓から眺望する浜辺は白い靄で閉ざされた。
「結果として、人に救われることがあるのも事実です。」
私は、誰を慮り庇護したのだろうか。若い頃のような青臭い語り口調に自嘲を含ませながらも話した。シーラも大人だから屈託なく微笑んで応えた。
「褒められましたか……。次は、Mさんといらしてね。」
その言葉で充分だった。最後に美味しくお茶を頂きタクシーに戻った。
古城の周辺一帯は、立ち入りに許可がいるのを教えられていた。岬を下ると私有地を示す看板があった。蘆の生い茂る穏やかな起伏が続く向こうに霞む古城が望めた。車から降りた体に海風は予想以上の強さで冷たく叩いた。すぐ耳元に寄せる潮騒が悲鳴のように聞こえた。
そこからの景色は、ルーミナイの写真に見た場所だった。ふと思いついた疑問を口にした。
「どうして閉鎖していないのかな。」
「柵なんか必要でありません……。」
運転手の心なしか沈んだ声が事実の厳しさを伝えているように思えた。
「道が迷路のようになっています。」
「古城に辿り着けないからなの。」
「いいえ。迷い込むと、この浜辺から抜け出せなくなるのです。」
運転手の説明する意味が分かった。
「それを知っている人は、近づかない。……そういうことか。」
そう納得しながらも、胸の内に新たな疑問が浮かんだ。
『誰しもが賢明であると限らないが、それだけなのか……。』
周りを見渡すと葦の広がる湿地帯は壁のような丘陵と岬に囲われ、波打ち際の小さな岩山に建つ古城が雨雲に浮かび近づきがたい存在感を見せていた。
私は、決心がつかないままに尋ねた。
「古城までは遠いかな。」
「人それぞれだと思います。近く感じることもあれば、遠く感じることもあります……。」
そこで言葉を途切れさせてから続けた。
「以前に同じ質問をされたことがあります。」
「……もしかして、女性かな。」
私が何気に尋ねると運転手は真顔を向けた。訝しげな眼差しの奥に探るような光が見えた。運転手は、少し言葉を選んで言った。
「彼女もその場所から古城を眺めていました。」
「その女性は、この場所のどこに魅せられたのかな。」
私の遠慮がない質問に運転手は唇を強く引き締めた。若者からの見解を期待したのは、他の土地から移り住んでいるから真意に気付けるように思えたのだろうか。軽く肩をすくめるだけの運転手に私は確かめた。
「彼女は、何か言って向かった?」
「夕方まで戻らなければ帰ってほしいと。」
言葉を理解し受け入れた私は、紙幣で支払い車で待っように頼んだ。運転手が、小さく溜息をこぼし言った。
「あの時も、同じような会話をしたからなのでしょう。気になったので、古城まで迎えに行きました。」
古城の中に建つ焼け落ちた礼拝所で彼女を見つけたと、話し運転手は続けた。
「古城からの帰り道に彼女の呟きが、今も心に引っかかっています。」
「……君は、好い巡り合わせをしたようだね。」
私は、心に浮かんだまま言葉で伝えた。運転手が目を逸らせることなく静かに頷いた。