めぐり逢う季節に 【紫の追想】

文字数 1,903文字

 「平穏な二年が過ぎ十七歳の春、アリア様はご当主とご成婚なさいました。古城にある礼拝堂での挙式は、わたしの想い出の中でも一番華やかで賑やかなものでした。海の向こうから招待される方々も多く異国の言葉に驚き好奇の眼差しで眺めたものです。」
 シルビアは、婚礼の様子を事細かく語った。浜辺を祝福の鐘が鳴り渡る景色が目に浮かぶようだった。
 「アリア様の立ち振る舞う優雅さに誰もが息を呑み、感嘆の視線を向けていましたでしょうか。あのお姿は、天女のごとき崇高な気品を備えていらしたと感じるほどに神々しかったのです。年の離れたご当主が、そのアリア様を尊いものにでも接するお姿は高尚でした。あれは、何であらせられたのでしょうか。」
 少しばかり躊躇うシルビアの思惑に考えさせられた。
 「後日、新婚旅行は古城の沖に客船を立ち寄らせて乗り込む旅立ちでした。各地を巡る船旅にわたくしは同行を許されました。アリア様の身の回りのお世話をさせて頂くのが嬉しくとても有意義な日々でした。船上でもアリア様は、際立っておられました。容姿や所作もさることながら人を引き付ける魅力は人々の話題にも上がり、わたしは我がことのように誇らしく感じたものです。奥ゆかしさは絶えず称賛され、陰口は吹聴されず嫉妬されることもなかったのです。港々では、ご夫婦で観光にお出かけになられました。戻られてからのお土産話が楽しみでした。アリア様は、目を輝かせ子供のような純真さで異国の様子をお話になられるのです。或る古い遺跡にことのほか感動なさったのか。
 ──遺跡から栄枯盛衰が見えるのです。時の流れは、優しいのですね。
 と、しんみりとお語りになられました。わたしには、船旅の思い出深い一つです。」
 客船で巡る船旅の逸話の数々は、シルビアにとってもこの上ない体験だったのだろう。話の端々に歓喜があった。
 「ご結婚の後もご当主は、事業のご都合からアリア様を残し都会で住まわれ、週末に古城へ戻られる生活でありました。」
 当主とアリアとの仲が睦まじかった様子を語った。
 「アリア様が、親子ほどに年の離れる夫と自然に接していたのは、とても印象深く。五十歳を過ぎ威厳のあるご当主が、娘のような年齢のアリア様の前では、まるで敬愛する母親といるような甘える姿をお見せになられるのです。」
 当主のありさまを話の中で想像する他はなかったが、何故か分かる気がした。
 「アリア様が、夫の帰りを心待ちにしているのは、わたしの目からも真摯に伝わりました。お戻りになられる前日は、森の礼拝所の近くで野辺の草木を摘まれて自室に飾る心遣いがお出来になれる御方です。ご当主も、それに気付かれ答える優しさが御座いました。」
 シルビアは、幾つかの逸話を語った。年の離れた夫婦の睦まじい幸せを思い描かせるものだった。
 「そのような御二人の結婚生活も三年が経て、アリア様は一卵性の双子をお産みになられました。ご当主のお喜びは大きく、わたくしどもだけでなく、浜辺で滞在する旅人にまでも招待し振舞ったのですから。」
 数々の説明は、目に浮かぶほどに具体的だった。
 「先にお生まれになられた女児はアンヌと命名され、後の男児には、初代から受け継がれる由緒あるお名前が授けられたのです。」
 シルビアが語る名の由来の重さに私は、畏怖した。
 「お幸せで有らせたられのに突然の不幸は、その後でした。ご当主がお亡くなりになられたのです。都会で斃れられそのままです。御遺体が到着する夕刻、アリア様は門前で出迎えて礼拝堂に安置される棺の傍で朝までお独りでお守りしておりました。あのお姿は、我が子の死を哀しむ母親のようにも見えましたでしょうか。」
 シルビアは、遠い過去を大事に仕舞った引き出しの中から探すように丁寧に想いを語り続けた。古城での葬儀は、本山から呼ばれた司祭に執り行われ、遠くからも聞きつける慰問の人の多さに驚いたと語った。その後、アリアが古城から離れず過ごす話を続けた。
 「ご遺言で、ご当主は古城の礼拝堂の地下墳墓に埋葬されました。未亡人となられたアリア様は、毎朝の礼拝堂に献花を欠かさず、その他は変わらない日々を送られました。週に一度の森の礼拝所へは、幼いお子様をお連れになられました。」
 そこまで語ったシルビアは、私が携えてきたルーミナイの写真集にもう一度目を落とした。
 「この写真に見える回廊に飾られる肖像画が描かれたのは、アリア様が二十五歳になられた頃でした。五歳になられる二人の御子を抱いて画家の前に座られるお姿は、今でもはっきりと覚えています。」
 シルビアは、その肖像画が描かれる切っ掛けになる話を語り始めた。
 
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