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文字数 1,151文字

 古から源泉が湧く山間は、川沿いに幾つも旅館が並んでいた。下見に訪れた旅館は、小さいながら趣があった。立ち並ぶ旅館の中でも高台に建っていた。川原まで伸びるケーブルカーが興味を引いた。
 「二人乗りなの。クラシックね。」
 昔に施工された危険な造りを揶揄するとリレイドは、苦笑しながら席に誘導してくれた。振動が笑えて若い頃のように陽気な声を上げてしまった。
 「君の笑い声を、久々に聞いたよ。」
 「そぅ、少し声が低くなったけど。」
 「魅力的だよ。今も充分に。」
 「あら、期待させてくれるお言葉ね。」
 わたしは、田舎の萎びた温泉街の雰囲気から少しばかり寛容になっていたのかもしれない。川辺の遊歩道は、期待以上に安らげた。
 『これを設計した人は、幸せさんだったのね‥‥。』
 そう思い景色を眺めながら少し幸せな気持ちのまま話を切り出した。
 「それで。レリアは、自分の母親と貴男のことを知っているの。」
 「否。たぶん、知らない。」
 「もぅ‥‥、そこからね。知っているなら近寄ってこないなんて、初心な童貞さんみたいに勘違いはしないでね。」
 分かっていながら男を惑わせる女を今まで幾人も知っていた。その顛末が悲劇に行き着くのも見てきた。
 「貴男、幾つになったのよ。その年では、致命傷よ。‥‥でも、観たい気持ちもあるけどね。」
 わたしは、半分本心で忠告した。

 夕食の席は、温泉地の批評会になった。
 わたしが店長のリレイドと昔からの馴染みなのを知らされていたレリアは、節度を保った親近感を見せていた。レリアの素性を聞かされた後だけに話は進めやすかった。話し方や素振りに今は亡き彼女の母親を忍ばせる面影が窺えた。性格の良さが見えて安心しているわたしがいた。

 夕食の後、テラスでリレイドがわたしを慌てさせた。
 「それって‥‥。」
 わたしは、途中で言葉を詰まらせた。リレイドが、レリアの素性に気付いて数日しか経っていないのを打ち明けた。その情報を齎した主が、昔に忘れていた女の名前だった。
 「どうして。あの女が、今ここにいるのよ。」
 「俺が、理由を聞きたいよ。旅の途中に立ち寄っただけと、話していたが。」
 「あの女は、若い頃からそうね。それで、レリアのことを言い残していったのね。」
 「そうなる。」
 話題に上る昔の知り合いの女は、そのようなことを平気でできる女だった。
 「何よ。何も見えてこないじゃない。」
 「落ち着けよ。」
 もはや、レリアが亡き母親の親類の家に身を寄せている話に興味は失せていた。わたし達が気にしなければ、それ以上は何事も起こらないのに気付いたからだろう。
 「‥‥いいわね。レリアが、良い娘なのは分かったけど。」
 わたしは、母親のようにリレイドにお節介をした。
 「貴男たちの昔を思い出しなさいな。覚悟がいるわよ。」
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