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文字数 1,816文字

 夜が明けきらないうちに帰宅できたのは、あの朝一番の僥倖だった。雨戸を閉めた中で夕方まで深く眠れた。湯船を使い気持ちを整えていた頃に訪問の連絡が入った。今では、数少ない貴重な女友達の一人だった。
 「新しい創作料理ができたの。」
 食材持参で訪れたリィアは、わたしの為にだけに異国の得意料理を拵えてくれた。
 「‥‥やっぱり、貴女は才能があるわ。」
 わたしの言葉は、本心からだった。わたし以上に独特な考えを持つ才女で、何事にも卒がなかった。
 「才能とは、努力よ。」
 リィアの嗄れ声は、同性から見ても色気を備えていた。
 「来た理由、分かるでしょう。」
 「勿論。」
 わたしは、昔からリィアを認めていた。隠す事ともなかった。
 「ハルトの話でしょう。」
 「彼奴は、嘘つきだった。昔も、そして、これからも。」
 リィアの言葉に深い棘を見て肩を竦めて頷いた。
 「どうして。彼奴の言葉に私達が振り回されなければならないの。」
 「大切な旅行を取りやめた人もいるかもね。」
 そう話を合わせたもののわたしは、リィアの怒りを向ける方向が可笑しくて笑いを堪えた。わたしの様子を見て、リィアは少し冷静になった。
 「貴女なら、わたしが何に怒りを向けているか、分かってくれるでしょう。」
 わたしの同情が、リィアの気持ちを和らがせた。
 「嘘なんか、もう十分なのに。」
 「そういうことね。」
 わたしは、そう言ってから話題を向けた。
 「ねぇ‥‥、ライドが古城の霊安室の修理を任されたの知っていた。」
 わたしの情報は、ハルトの噂話よりも強い衝撃を与えたようだった。最初リィアは、何の
ことか理解できずに呆けたような目を向けた。昨夜の出来事を手短に要領よく説明した。
 「貴女でなかったら。信じないわよ。」
 リィアは、長い溜息をついた後に言った。
 「わたしは、そっちのほうが問題よ。」
 「そうなるわね‥‥。」
 わたしの相槌は、リィアに少し考えさせる余裕を齎せたのかもしれない。若い頃のリィアは、古城に出向く機会が多かった。招待されても一度も訪れなかったわたしとは、全てにおいて捉え方が違っていた。割り切っていたのだろうと、考えてみてもリィアの屈託のない行動に称賛すらしても非難できなかった。
 「‥‥でも、どうして、今なの。」
 そう呟くリィアの気持ちは、浮ついていた。
 「おかしいでしょう。」
 「あの古城だから、と。」
 わたしは、不安定に思案を巡らすリィアに言った。
 「そう考えれば、楽だと思うけど。」
 「もぅ‥‥、煩わしい。だいたいね。地下の墓所を直したりして、後に誰が入るというの。」
 リィアの言葉を聞きながら、わたし達の友人だった彼が安置されて以来は、一度も使われていないのを想い返した。
 「‥‥あの娘は、古城の墓所じゃなくて、丘の墓地に入った。」
 リィアは、今でも彼の妻であったマルガリータを【あの娘】と呼んだ。悪意はなかったのだろう。その理由に思い当たる節があった。朧気ながら思い浮かんだ考えを払拭しようと口を閉ざしているわたしにリィアは、確かめるように尋ねた。
 「アンヌさんが、相続したのでしょう。」
 「そうらしいわね。」
 「アンヌさんは、ここに帰らない。」
 「その必要もない御方だから。」
 わたしの嫌みがリィアの不安を少し軽くしたようだった。リィアは、少し間を置いてから言った。
 「ご先祖の墓所が朽ち果てたって、平然としているアンヌさんらしくもない。」
 それは、わたし達の誰もが共通する捉え方だった。
 「噂で、聖杯が納められているから。まさか、それで。」
 ロサンが吹聴していた噂話を思い浮かべながらのわたしの冗談にリィアは、冷笑しながら言い捨てた。
 「ほんと。ロサンの世迷言を信じたくなるわね。」
 「ライドが、案内できるって云っていたわ。」
 そうわたしが伝えなくてもリィアは、自分で確かめに行くだろう。昔もこれからもそう出来るリィアだった。わたしは、続けた。
 「修復技師のアレン君は、男前だし性格も良いわよ。後、仕事の腕が良ければ三拍子揃った稀な男よ。」
 リィアに尋ねられて、昨夜の様子を話した。
 「今さら、若い男はゴメンだけど。」
 リィアは、言った。
 「見るだけでも目の保養になるかしら。ランチでも持参してみるわ。」
 わたしは、リィアが持ち帰るであろう話を期待する気持ちに心動かされた。

 真夜中まで話は続いた。途中からわたしの方が、少し熱くなりかけたほどに盛り上がった。
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