13

文字数 1,451文字

 数日の不在は、変化も進展ももたらさなかった。判っていたことだった。
 『‥‥本格的に、ここから離れないと。』
 わたしは、そう思い雨戸を閉め寝具に潜り込んだ。

 起きてから、旅行の日取りばかりが頭から離れずに陰鬱で頭が痛んだ。薬を飲み終えたところに、誘いの連絡が入った。
 「‥‥わたしの予定は、聞かないの。」
 少し痛みが和らいできたのが幸いした。それでも、未だ少し重い頭でわたしの連絡先を教えた相手が想い出せずに苛立った。
 「‥‥待って。」
 相手の顔がどうしても思い浮かばなかった。声や話の調子だけが懐かしく許せた。
 「‥‥ベンチにいるの。」
 窓越しに捜すと、歩道のベンチから男が手を振っていた。そこで納得した。
 「‥‥あぁ、そうか。」
 わたしは、小さく受け入れている自分が嬉しかった。
 「‥‥そうでしたか。」
 わたしが建物から出ていく姿を目敏く見つけると、ベンチから立ち上がり通りを横切った。動きは未だ若かったが、近い年齢のはずだった。
 「‥‥仕事中でしょう。」
 「少し早いけど、昼休みだ。」
 ロサンの知り合いで、その頃も何かのセールスをしていた。名前を想い出しながら男を観察した。白髪まじりの短髪がよく似合う男前だった。
 「奴から、お礼に届けてほしいと頼まれた。」
 可愛い紙袋の中に目を通しわたしは笑ってしまった。
 「‥‥なによ、もぅ。これって、奥さんの趣味なの。」
 「良い子だよ。」
 「まったく。オヤジは、若い娘に甘いんだ。」
 わたしは、軽口を返した。
 「それで、伝言があるの。」
 ロサンから多くを期待していなかった。予想を超えない話に、わたしは少し溜息を見せた。
 「それで十分と、伝えておいて。」
 そう告げて、わたしから食事に誘った。肩を並べて歩き出して、男のつける香水から名前を想い出した。
 「‥‥ねぇ、ルオウ。昔、独りで無人島で休暇したっていったでしょう。」
 「えっ、‥‥。」
 わたしの突拍子な質問に驚き立ち止まった。何十年も前の記憶を手繰り寄せるルオウは、わたしを子供のような目で見詰め言った。
 「懐かしい話だな。君に尋ねられないと忘れていた。」
 「失恋が、きっかけだったかしら。」
 あの頃、ルオウがお熱を上げていた娘の顔が朧げにしか浮かばなかった。少し躊躇っている中年男が可愛かった。
 「夏の盛りに戻ってきて、楽しそうに話していた。」
 「そうだったな。‥‥皆を誘った。」
 ルオウは、懐かしさに遠い目をして語った。わたしが確かめるように尋ねた。
 「結局は、あれって誰が行ったの。」
 ルオウが懐かしい仲間の名前のなかにキラトが入っていた。と共にキラトの名前を出した。わたしは驚かなかったが、冷静を装い再び尋ねた。
 「女子も何人かついていったと、話していたかしら。」
 ルオウの記憶から出てくる女子の名前は、誰一人知らなかった。憶えていなかった。
 「君を誘いたがっていた。」
 「だれが。」
 「えっ、彼奴だよ。」
 わたしは、その名前を聞いて仰天した。若い男女の想いは、擦れ違いだった。相手に気持ちの動揺を悟られないように話を進めた。尋ねた。
 「今でも、無人島なの。」
 「たぶん。‥‥否、もしかして誰かが住み着いているかもな。」
 記憶にない男友達の名前を出した。一人の男が島に残り、秋になっても帰ってこなかった話をした。
 「翌年の春先に出掛けた奴等が、住み着いている様子を話していた。」
 「そぅ‥‥。」

 わたしは、聞かれもしないのに話した。少し弱気になっていたのかもしれない。
 「旅行を考えているの。」
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