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文字数 1,424文字
わたしは、もう一泊することにした。昨夜のうちに迷いが納まっていた。温泉が思いのほか気持ちと体を癒してくれた。リレイドに細やかなお仕置きを目論んでみたくなったからだろう。見送る車に乗る直前にレリアに耳打ちした。優しい忠告と講話を彼女の未来に込めた。
レリアは、大きな瞳を輝かせて少し頬を染めた。
「帰り道、事故がないことを祈るわ。」
わたしは、運転するリレイドに声をかけて見送った。
その日、独りでいられるのが嬉しかった。体の疲れよりも気持ちが整えられた。何度か温泉に浸かり、美味しい料理を堪能した。部屋の窓から谷沿いの川原を眺めながら、海辺の町での様子を想像できる余裕も戻っていた。
翌朝、始発の路線バスに乗った。海岸の街まで出から、その日の計画を立てようと考えた。海は予想以上に荒れ始めていた。春の強い低気圧が近づいているのが判った。駅前で迷う姿が煩わしかった。
『思いどおりにいかないのが人生って、誰の台詞だったかな‥‥。』
若い頃に聞いた誰かの陳腐な言葉を想い出しながら嘆息した。天候が荒れなければ、南の海岸線を巡るのを楽しみにしていたのだ。
列車は、途中で運休になる掲示が出ていた。乗客が多く、かろうじて座席は確保できた。雨が強くなり風は危険なほどに吹き荒れ始めた。途中の無人駅で緊急停車した。線路のすぐ近くに荒れ乱れ轟く海が広がっていた。天気が良ければ、水平線まで眺望できる綺麗な海の景色が楽しめる場所だった。
列車の会社が用意したバスは、到着が遅れた。わたしは、列車の中で待機することにした。風雨は強くなり、震える車窓から見える海が荒れ狂うようすは、逆にわたしを少しばかり落ち着かせてくれた。
引き返すバスの中でわたしは、突然の思い付きに独り密かに顔を顰めた。キラトの出現の信憑性は兎も角も、次々に懐かしい人物が姿を見せているのが重要なことに気付かされた。
『‥‥こういうときは、より用心深くならないと。』
自分に言い含めるように確かめた。何かの兆しのように思えて昔の不幸な事件が幾つか蘇った。
「‥‥あの時も、そうだった。」
そう呟くと、逆に不安が増した。
緊急の避難場所が、丘の中腹に建つ僧院だった。その時のわたしには、その場所が唯一の救いのように思えた。長く祈りに出掛けていなかったが、心は落ち着けた。
礼拝堂の椅子で物思いに耽っていると、外の嵐の音が優しい誘惑の囁きに聞こえた。
「‥‥夜の嵐は、神の嘆きとききます。」
わたしより年配の婦人が話しかけてきた。わたしの様子に少し思い違いをしていたのだろう。煩わしかったが、丁寧に話を返した。
「信心深いのですね。」
「今は、そうですか。でも、つい最近まで、それほどでもなかったのですよ。」
婦人は、身の上話を掻い摘んで語った。礼節を弁えて優しく対応したからだろうか。わたしの気の滅入る本心が伝わらなかった。他人から身内の不幸を聞かされる独り身には、重い内容だった。同情はしても共感できる寛容さがないのを隠しながら聞いた。
「年下の死は、何時も辛く、どうして試練なのでしょう。」
わたしには、答えを返す準備も気の利いた言葉も探せなかった。
「若い頃は、そう考えなかったのですよ。」
婦人の言葉が、外の嵐の音のように遠く感じた。
独りになった後、わたしは深い溜息をついた。毛布を頭から被り椅子の上で休んだ。若い頃の旅先での記憶が重なった。
『‥‥こんな場所で眠ると、腰が痛くなる。』
レリアは、大きな瞳を輝かせて少し頬を染めた。
「帰り道、事故がないことを祈るわ。」
わたしは、運転するリレイドに声をかけて見送った。
その日、独りでいられるのが嬉しかった。体の疲れよりも気持ちが整えられた。何度か温泉に浸かり、美味しい料理を堪能した。部屋の窓から谷沿いの川原を眺めながら、海辺の町での様子を想像できる余裕も戻っていた。
翌朝、始発の路線バスに乗った。海岸の街まで出から、その日の計画を立てようと考えた。海は予想以上に荒れ始めていた。春の強い低気圧が近づいているのが判った。駅前で迷う姿が煩わしかった。
『思いどおりにいかないのが人生って、誰の台詞だったかな‥‥。』
若い頃に聞いた誰かの陳腐な言葉を想い出しながら嘆息した。天候が荒れなければ、南の海岸線を巡るのを楽しみにしていたのだ。
列車は、途中で運休になる掲示が出ていた。乗客が多く、かろうじて座席は確保できた。雨が強くなり風は危険なほどに吹き荒れ始めた。途中の無人駅で緊急停車した。線路のすぐ近くに荒れ乱れ轟く海が広がっていた。天気が良ければ、水平線まで眺望できる綺麗な海の景色が楽しめる場所だった。
列車の会社が用意したバスは、到着が遅れた。わたしは、列車の中で待機することにした。風雨は強くなり、震える車窓から見える海が荒れ狂うようすは、逆にわたしを少しばかり落ち着かせてくれた。
引き返すバスの中でわたしは、突然の思い付きに独り密かに顔を顰めた。キラトの出現の信憑性は兎も角も、次々に懐かしい人物が姿を見せているのが重要なことに気付かされた。
『‥‥こういうときは、より用心深くならないと。』
自分に言い含めるように確かめた。何かの兆しのように思えて昔の不幸な事件が幾つか蘇った。
「‥‥あの時も、そうだった。」
そう呟くと、逆に不安が増した。
緊急の避難場所が、丘の中腹に建つ僧院だった。その時のわたしには、その場所が唯一の救いのように思えた。長く祈りに出掛けていなかったが、心は落ち着けた。
礼拝堂の椅子で物思いに耽っていると、外の嵐の音が優しい誘惑の囁きに聞こえた。
「‥‥夜の嵐は、神の嘆きとききます。」
わたしより年配の婦人が話しかけてきた。わたしの様子に少し思い違いをしていたのだろう。煩わしかったが、丁寧に話を返した。
「信心深いのですね。」
「今は、そうですか。でも、つい最近まで、それほどでもなかったのですよ。」
婦人は、身の上話を掻い摘んで語った。礼節を弁えて優しく対応したからだろうか。わたしの気の滅入る本心が伝わらなかった。他人から身内の不幸を聞かされる独り身には、重い内容だった。同情はしても共感できる寛容さがないのを隠しながら聞いた。
「年下の死は、何時も辛く、どうして試練なのでしょう。」
わたしには、答えを返す準備も気の利いた言葉も探せなかった。
「若い頃は、そう考えなかったのですよ。」
婦人の言葉が、外の嵐の音のように遠く感じた。
独りになった後、わたしは深い溜息をついた。毛布を頭から被り椅子の上で休んだ。若い頃の旅先での記憶が重なった。
『‥‥こんな場所で眠ると、腰が痛くなる。』