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文字数 1,002文字

 「少し、外を歩きましょうよ。」
 わたしは、先に席を立つとテラスの階段から外に下りた。裏口の番をしている若者が鉄策を押し開いてくれた。笑顔を向けると、若者は頬を少し染めてお辞儀をした。実直な感じが好感を持てた。青年は店で働き始めて一年になるが、何時までも初々しかった。密かに成長を楽しみにしていた。リリカと同世代でも生まれ育ちの違いや将来を考えると複雑な心境になった。
 謝礼の小額紙幣を手渡すと、若者は恐縮して礼を述べた。
 「有難う御座います。マダム。」
 若者の明るい声は、わたしを幸福にしてくれた。

 運河の遊歩道を歩いていると、ロサンが追い付いた。
 「裏から出るのは、初めてだ。」
 ロサンは、横に並ぶと息を切らせて言った。わたしは、少しばかり揶揄ってみたくなった。
 「本物の名士は、裏口から出入りするのよ。知らなかったの。」
 「そうなのか。」
 「あの男の子に、謝礼をはずんだの。」
 「えっ、‥‥あぁ、そうか。次は心得た。」
 ロサンは、どこまでも真面目な男だった。川の河口に向かいながら話題を向けた。
 「それで、大切なお話があるのでしょう。」
 「‥‥ここだけの話にしてくれるかい。」
 ロサンは、自分の恥部を晒すように口籠り何時も以上に歯切れが悪かった。
 「昨夜、ハルトが来ていなかっただろう。」
 懐かしい顔ぶれの中にハルトがなく、話題すら上がらなかったのを想い返した。集った面々は、意識してハルトを避けているようにも感じたが。
 「彼奴は、独りで会いに行ったんだと思うよ。」
 ロサンが話すのに任せた。わたしは、興味がなさそうな素振りを見せていたものの、内心は胸の高鳴りを宥めていたのだ。
 「そうだろう。そうに違いないよ。ハルトは、昔からそうする男だった。」
 自分の言葉に熱くなるロサンの気持ちも分からないではなかった。
 「彼奴なら、自分さえも騙しかねない‥‥。」
 わたしが横目で訝し気に咎めた。ロサンは、幼子が母親に縋るような表情をしていた。それ以上わたしは何も言うこともなかった。話を聞く気力も萎えていた。
 河口近くの桟橋で一方的に別れを告げた。

 海辺の町に来た頃から港が見えるベンチで過ごすのが好きだった。下町で育ったからだろうか。考え事が絡んだ時に独りいると、不思議に要らない考えを捨てられる良い案が浮かんだ。
 「‥‥そうね。もぅ、わたしには必要ないのか。」
 そう思うと、何か全てが馬鹿らしくなった。
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